"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 終幕 vol.3

(前回のあらすじ)
念願のプロジェクトの話が舞い込んできた私は、
その仕事を受けるために駆け回る。
しかし、準備が整ったところで、プロジェクトの話が保留となる。

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私は、協力を仰いだ人達の元に行って、
プロジェクトの話がいったん保留となった旨を伝えた。


T森さんのメールでは、
要件定義以降の開発体制がどうなるのか不明瞭だった。
親会社には開発を行える人間はいない。
要件定義が終わって開発が始まることになれば、
開発の話が再び来る可能性はある。

T森さんに、そのあたりについて確認のメールを送ると、
『要件定義が終わるのは秋頃なので、
 状況が見えたら、また連絡します』
という返事が来た。

まだ、希望は断たれていない。


10月以降に開発がスタートするとして、
私の新人研修の仕事は7月末までだ。

もう7月に入っていた。
この仕事の話が宙に浮いた今、きっとK部長は8月以降の
私の仕事を用意してくるだろう。
その前に、K部長の元を何としてでも離れたい。

ジョブローテーション希望の結果がどうなったのか、
まだ何の通知も来なかった。

私は、人事部長のH林さんの元に行き、
ジョブローテーション希望がどうなっているのか尋ねた。

「あぁ、ジョブローテーションね…。
 あの仕組み、形骸化してしまっていて、今、機能してないのよ」
私の質問に、H林さんはそう答えた。

マジか。
何のために社員に書かせているんだ。

K部長の元は何としてでも離れたい。
けれど、この微妙なプロジェクトの待ち状態で、
別の部署に異動希望のアプローチをかけに行くこともできない。
どうすればいいんだ…。

困ったように逡巡する私の様子に、
H林さんは何かを感じ取ったらしく、
「何かあるなら、話を聞くわよ?」
そう言ってくれて、会議室へ案内された。


私はそこで、センターを出るに至った経緯を彼女に全て話した。

「あなたは、いつからセンターにいたの?」
「どの上司と相談しながら仕事を進めていたの?」
「Aさんは、いつセンターに来たの?」
彼女は丁寧に時系列を整理しながら、私に確認した。

(そうだよな…。こういうことがあったら、ちゃんとこういう風に、
 きちんと確認するものだよな…)
私は、K部長や、センターの幹部社員たちのザルな対応を思い出しながら、
そんなことを思う。

私の話を一通り聞き終えた彼女は、ふぅと溜め息をついて、
「あなた一人の話だけではなく、他の関係者からの話も聞かないと
 判断はできないけど…あなたは、つど色々な人に相談しながら
 対処しているから、たぶん、あなたの話は信頼性は高いのだと思う。
 …上にあげる?」
そう聞かれた。

「いえ…、それはいいです。
 私は、ただ穏便にK部長の元を離れたいだけなんです」

H林さんは、ふぅと再度ため息をついて、
「ごめんなさいね、人事部では力になれない。
 事業部長に相談するとかして、
 あなたの方で、何とかしてもらうしかない」
そう言った。

彼女からは、何となく、
ルートを飛び越えて相談していることに対して
警戒されているような雰囲気も感じた。

(これだけ今まで人事部の仕事を手伝ってきて、
 センターの仕事がある中で、毎回、誠実に手伝ってきて、
 それを見てきてもらったはずなのに、
 そして、こんなありえない上司たちの話を聞いて、
 話の信憑性もそれなりに認めていて、
 それでもこういう対応なんだな…)

心の中で、ため息をつく。


仕方ない。
何とか別の方法を考えよう。

ありがとうございました、と言って会議室を出る私に、
「うまくやりなさい」
そう彼女は、小声で忠告するように言った。

 * * *

(うまく、か…)

うまくやるために、ジョブローテーション希望を使って
異動しようとしたのだけどな。


この頃、私の中で、
一連のことに関する怒りはだいぶ和らいでいた。

だから、
「上にあげる?」
そう聞かれて、「いえ、いいです」と答えたのは、
異動の真相を知った時のような、関係者に対する怒りからではなかった。
K部長の元を離れるための手段としては、
検討してもいい選択肢だった。

だけど、経営層たちの顔が浮かんだのだ。

内容的に、大っぴらに広まる話ではないだろう。
だけど、経営層の彼らの耳には間違いなく入る話だろう。

『明るく、楽しく』
を掲げて社内を駆け回っていた私は、この頃、
彼らの元に協力を求めて顔を出すと、
「お。今度は何だい?」
と笑顔で迎えてくれるような、そんな関係になっていたのだ。

その彼らに、私の暗いイメージを与えたくない。
"うまくやる"ためにも。

そう思ったのだ。

 * * *

どうすればいいのか、考えあぐねているうちに、
数日後、K部長から呼ばれて、次の仕事の話をされた。

「A村のところのプロジェクトで人が必要らしいから、
 8月からはそこに行け」
告げられたプロジェクトの名前を聞いて、
私は絶句する。

そのプロジェクトは、社内に数十あるプロジェクトの中で、
「そこにだけは行きたくない」
そう思っていたプロジェクトだったのだ。

仕事の内容が問題なのではない。
人が悪いのでもない。

ネットワーク環境だ。

社員の多くは常駐先にいた。
顧客によっては、セキュリティが厳しく、外部のネットワークに
繋ぐことを禁止されているところもあった。
だから、社員のコミュニケーションを促進しようとしても、
そもそも、プロジェクト外の社員とメールしたり、
会社の掲示板を見ることすら、
わざわざ時間をかけて本社に戻ってこなければ
出来ないような社員たちが多くいた。

だからES委員会では、
全プロジェクトのネットワーク環境や、
本社に来るまでにかかる時間をリストアップして、
本社まで遠くて、ネットワーク環境の悪いプロジェクトに関しては、
近くにサテライトオフィスを用意するなどの対策を取っていた。

そして、ただ1つのプロジェクトを除いて、
その対策は完了していた。

会社のネットワークにアクセスすることができず、
本社に行くまでにも1時間近くかかる、
最後にただ1つ残ったプロジェクト。
しかも一度常駐になると、10年はそのままそこにいることがざらの、
塩漬けプロジェクトとしても有名なプロジェクト。

それが、私が8月からの職場としてアサインされたプロジェクトだった。

そんなプロジェクトに常駐になったら、
ES活動に支障の出ることは、明らかだった。
私は青ざめた。

K部長が、私をES活動から離すために、そのプロジェクトにアサインした、
とは、さすがに私も思っていない。

全社活動に無関心な彼は、
プロジェクトのネットワーク環境と社員のコミュニケーションの相互関係や、
ES委員会が、プロジェクトのネットワーク環境を
リストアップして対策していることになど、
興味関心がないだろうから。

彼のことだから、単純に、
彼の直属のプロジェクトには私を置きたくない、
でも部下を仕事なしで放置しておくと彼の評価に関わるので何とかしたい、
そこにちょうどよく、兄弟部署のA村課長が人を探していた、
それだけのことだろう。

「いいな?」
K部長が私に言う。

私は彼に、自分が青ざめていることを気取らせないように
無表情に「はい」と言った。

どうせ、嫌だと言ったところで、
常々「いい加減にES活動をやめろ」と私に言っている彼が、
聞いてくれるわけもないし、

それに。

私がK部長から離れるには、
もうそれしか手が残っていなかった――。

 * * *

7月末。
新人研修の仕事の終わる私は、
本社の打合せスペースで、K部長を交えて、
A村さんから、プロジェクトの説明を受けていた。

「こんな感じだけど、いいかな?」
説明を終えて、A村さんが私に尋ねる。

「はい、大丈夫です」
私は答えた。そして、
「じゃあ、A村さんのプロジェクトに移る、ということで、
 上司もA村さんに変わる形でいいんですよね?」
A村さんとK部長の顔を交互に見て、確認した。

A村さんの上司はK藤さんなので、A村さんが上司となれば、
K部長は私のラインから完全に外れる。

しかし、
「いや、それは、またおいおい…」
K部長は言葉を濁した。

私は、そんなK部長の姿を、冷たい視線で見据えた。

(今ここに至るまでに、あれだけの暴言を私に浴びせておきながら、
 それでも、まだなお、
 あなたはB評価要員として私を手放したがらないのか)


私が、K部長と会ったのは、
この時が最後である。

会社を辞める時、会社中の人達にメールを書いたが、
彼にだけは、一通のメールも送らなかった。

 * * *

「やっぱり、A村さんが上司の方が何かと、やりやすいと思うんですよね」

8月。
新たな常駐先のプロジェクトに移ってきて、1,2週間が経った頃、
私はA村さんに言った。

A村さんとは、一緒に仕事をするのは初めてだったが、
昔、会社の野球部で一緒だった仲で、それなりに親しかった。

”異動は引き取り手さえ承諾すれば叶う”
その情報を、私は知り合いの幹部社員から得ていた。

「ん? 俺の部下になる?」
「はい、ぜひぜひ」
にこっと笑う。

A村さんは、会社の勤怠システムを立ち上げる。
そこに幹部社員にだけ表示されるメニューが映る。
A村さんは、社員名を検索して私の名前を選択する。

「本当に、いいのー?」
A村さんは少し笑いながら、私に確認する。
「はい、いいです、いいです。
 そのOKボタンを、さくっとぽちっと押しちゃいましょう」
A村さんの肩越しに画面を覗きこみながら、私は言う。

そうして、A村さんが、OKボタンにマウスを当ててクリックして、
すぐに、完了のメッセージが表示される。
K部長の承認なんて、一切なしだ。

あっけなかった。

あれ程、逃れようとして逃れられずに来たK部長との関係なんて、
この程度で切れるものだったのだ。

だけど、その程度の関係を切るために、
私は、この、会社と切り離されたプロジェクトへ
来なければならなかったのだ――。

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(つづく)


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