"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 後編 vol.15

(主な登場人物)

  • 私…ハード部署の保守センターの業務を整えようとしている。籍はソフトウェア部署。
  • Yさん…初代センター長。私をセンターに入れた人。
  • H野さん…2代目センター長。私の仕事が理解できない人。
  • K松さん…センターの実務をこなす課長。ただでさえ多忙なのに、仲の悪い上の人達の間に挟まれて、さらに大変な人。
  • Aさん…新しくセンターにやってきた部長。私に対して、やらかしてしまった人。
  • K部長…ソフトウェア部署側の上司。基本的に年に4回の成果面談でだけ会話する人。

(前回のあらすじ)
センターに残るための大団円の計画を思いついた私は、Yさんに協力してもらうことを考える。

前回→"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 後編 vol.14 - Sato’s Diary
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「俺がお前をセンターから出すことを決めたんだ」

飲みに誘うと、快く応じてくれたYさんだったが、
会社近くの飲み屋で乾杯を終えるなり、
私が何か言い出すよりも前に、そう言った。

Yさんの言葉に、
は? となる。

「いやいや、何を言ってるんですか。違うでしょ」
そう言うも、
「いーや、本当だ。俺が決めたんだ」
Yさんはその一点張りだった。

(また、これか…)
と私は思った。

H野さんと競ってるんだろう、
そう思ったのだ。

仲の悪いYさんとH野さんは、何かにつけ、
どっちが決めただの、どっちが言っただの、
互いに主張しあっていた。

「部署としての決定なんだから、どっちが決めたでもいいでしょうに…」
私たちセンターのメンバーらは、いつもそんな風に呆れて二人を見ていた。

だからこの時も、
今回の私の異動の件で、主導権を握ったのはH野さんではなく自分なのだと、
そう主張したいのだろうな、と私は呆れながら思った。

「いやいや、私はことのあらましを全部知っているんで…」
計画に協力してもらうために、何とか話を進めたくてそう言うと、
「俺がお前を出すと決めたんだ。
 だから、Aを恨むな。恨むなら俺を恨め」
そうYさんは言った。

(あぁ、私とAさんとのことは知っているのだな)

おそらく、K松さんから聞き出したのだろう。

それで、
『私からパワハラを訴えられたAさんが、
 私をセンターから出すことを働きかけた』
そう推測しているのだろう。

私は、ほんの少し、気持ちが冷える。

そこまで知っていて、それでなお、
「俺は全部知っているんだ。俺が全部決めたんだ」
そんなくだらない「俺がボスなのだ」主張に精を出しているのかと。


この夜、Yさんは終始、
「俺が決めた。恨むなら俺を恨め」
の一点張りだった。

『私とAさんとのことを知ったYさんが、
 K部長に私を引き取ってくれるように相談しに行った』
というのが、彼の主張だった。

AさんがK部長の元に行ったのを私は知っているのだと言っても、
「俺が知らないんだから、そんな事実はない」
と言い張り、しまいには、電話でAさんを呼び出した。

近くで飲んでいたらしいAさんは、
一緒に飲んでいた別部署の部長を連れて姿を現した。
相変わらず、目はそらしたままだ。
そんなAさんに、
「全部言ったから。俺が決めたことなんだと、
 俺がちゃんと言ってやったから」
そうYさんは言った。

ボスの俺がやったことにしてやるから。
そう振る舞いたいのだろう。

Aさん、H野さん、K部長が3人でいるところを目撃している私にも、
私に目撃されていることを自覚しているAさんにも、
そんな白々しい嘘が通じているはずもなく、
だけど私たちが何も言わないので、
自分の茶番が私たちに通じたと思ったのか、
「よし、これで仲直りだ」
とYさんは言って、その場を締めた。

 * * *

店を出たところで、
「Kに聞いたけど、お前、今までも他の人間とうまくやれなくて孤立したり、
 客と揉めたりしたんだってな」
そうYさんが言った。

は? と私は険しい顔になる。K部長は、何を吹聴してやがるんだ。

センターに来る以前、
K部長が私の直接の上司だったことは一度もない。

私が昔、奮闘していたプロジェクトで、
プロジェクトリーダーが途中で辛くなって、
配下のメンバー全員を引き連れて、プロジェクトから引き上げたことがある。
(詳しくはコチラ→"好き"と"関心"を巡る冒険 第一章 vol.7 - Sato’s Diary

そして、残された私のチームが最後まで奮闘していたが、
それを外野から見ていただけのK部長の目には、
「私が他の人間とうまくやれなくて孤立していた」と
映っていたのだろうか。

プロジェクトリーダーだったY川さんは、K部長のお気に入りだ。
お気に入りのY川さんが、無責任にリーダーを放り出したのではなく、
私がうまくやれなくて孤立した、というストーリーの方が、
K部長の中で収まりが良かったのだろうか。

そんなの、ただの名誉毀損じゃないか。
私が体を壊したのだって、
Y川さんがさらに無責任に放り投げていったプロジェクトの尻拭いが
きっかけだというのに。

「何言っているんですか。違いますよ!」
抗議する私に、
「お前のそういうところがいけないんだ。
 怒るんじゃない。泣くんじゃない。お前は笑顔がいいんだから、笑っていろ」
そうYさんは言った。

「お前は力があるんだから、センターなんかに閉じこもってないで、
 外に出て頑張って行け。Kだって、そんな悪い奴じゃないんだし」

Yさんは、私のことを思いやってくれているのだろう。
K部長も、思いやってくれているつもりなのだろう。
彼らの中で築き上げている「問題児の私」を。

彼らが大切にしているのは、私ではない。
「"問題児の私"を気遣う自分たち」だ。


(もう、この人たちには、何を言っても無駄なんだろうな…)

ただ悲しかった。虚しかった。

K部長は、元々、隣りの課の課長だった。
プロジェクトリーダーが引き上げて、
上司のJ部長も飛ばされて、
後輩と2人、取り残された中で夜遅くまで頑張っていたあの頃、
同じフロアにいた彼は、
何のかんので、私のことを見てくれていたはずだと、
思っていた。

そういう時間を共有していたと思っていたから、
古巣のソフトウェア部署の人たちは、たとえ反りが合わない相手でも、
私にとって特別だった。
だけど、ただの勝手な幻想だったのだ。


そしてYさんも、K部長の言葉を鵜呑みにして、
目の前の私自身を見てはくれないのだな。
頑張ってやってきたことを、こんな風にねじ曲げて言われたら、
どれだけ悔しい気持ちがするかなんて、想像もしてくれないのだな。

ただただ、やるせなかった。


だけど。

(もう、”そういうこと”にしておいてあげよう)

Yさんがそれで心安らかにいられるというなら。
どうせ、せっかく思いついた大団円の計画も、
諦めるしかないのだから。

心の中でため息をつきながら、
私は、「はーい」と、気のない返事を返した。


 * * *

翌日。

「K部長に言いに行ったのはYさんみたいだから、仕方ないね…」
Yさんからそう聞かされたらしく、K松さんが言った。
センターの大御所が私の異動を決めて働きかけたのなら、
それは覆せない。

それは違いますよ、と私は言ってみたけど、
K松さんは取り合わなかった。

時系列を整理して考えれば、
Yさんの言動の矛盾なんて簡単に気づくはずだけど、
(もう、そういうことにしたいんだろうな…)
私のことで、これ以上、エネルギーを使いたくないのだろう。

幹部社員4名中3名が自己主張や保身にいそしんでいる組織。
それでも、残るK松さんが私を必要としてくれるなら、
私はまだ頑張った。

だけど、K松さんも諦めるのならば、
これ以上、粘り続けるのは、さすがにしんどい。

私はセンターに戻ることは諦めて、
新たな異動先と異動手段の検討を始めるのだった。


――・・・

私がこの夜の、トンチンカンなYさんの言動の意図に気づくのは、
この2年後――私が会社を辞めてから1年後の
Yさんの退職祝いのパーティの夜だった。

(つづく)


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