"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 後編 vol.12

(主な登場人物)

  • 私…ハード部署の保守センターの業務を整えようとしている。籍はソフトウェア部署。
  • Yさん…初代センター長。私をセンターに入れた人。
  • H野さん…2代目センター長。私の仕事が理解できない人。
  • K松さん…センターの実務をこなす課長。ただでさえ多忙なのに、仲の悪い上の人達の間に挟まれて、さらに大変な人。
  • Aさん…新しくセンターにやってきた部長。私に対して、やらかしてしまった人。
  • K部長…ソフトウェア部署側の上司。基本的に年に4回の成果面談でだけ会話する人。

(前回のあらすじ)
私はK部長から異動の真相を聞き出し、Aさんの策略であったことに気づく。

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私は彼らの件を調査機関に上げることはしなかった。

彼らをかばったのではない。センターのためでもない。
心の底から怒っていたからだ。

私は、人生はプラマイゼロだと考えている。
善行も悪行も、結局はどこかで利子とともに清算されるのだ。
どこかで負った負債をそのままにしておけば、
やがて雪だるま式に膨れ上がった利子とともに、人生のどこかで
返済を迫られるだけなのだ。

調査機関に上げれば、少なくともAさんは処分を免れられないだろう。
だが、彼のことだ。
「何か事情があったのだろう。相手はSatoさんだし」
という同情票を周囲から得られるくらいには
画策するだろう。

そんな程度で今回の件をチャラになどさせるものか。

私は、今回の件を調査機関には上げない。
あなた達に言い訳の場など、与えてやらない。
代わりに、あなたたちのこれからの人生の中で、この負債を
利子とともに支払っていけ。

そう考えたからだ。

 * * *

センターの自席に戻った私は、自分の仕事をどうすればいいか、
どうしたいか、考えた。

こんな自分のことしか考えていない馬鹿な幹部社員たちのために、
自分がセンター全体のためにやってきた仕事を頓挫させるのか――?

いったい、会社って誰のためのものだ?
組織って誰のためのものだ?
仕事って誰のためのものだ?

少なくとも、自分のことしか考えておらず、
自分の持つ肩書きや権限を、そのためにしか使わないような
幹部社員のものでないことは確かだ。

新人研修の日程は差し迫っている。
K部長からは、すぐにセンターから出ろ、と言われている。

だけど。

そう。私はK部長の言う通り、
納得できない限り、絶対に自分の思う通りにするのだ。

 * * *

私は、人事部のフロアへ行く。

人事部長のH林さんは、最近に親会社から異動してきた人で、
帰国子女でもあるためか、合理的でさばさばしたタイプの人だ。

H林さんに、ちょっと相談なんですが…と声をかける。
「ちょっと今の仕事の引継ぎがうまくいかなくて…。
 新人研修って、ほとんどが説明よりも新人さんがプログラミングしている
 時間だと思うので、その間に、センターの仕事をしていてもいいですか?」
「あ、全然いいわよー。新人たちのこと、そんな懇切丁寧に面倒みない方が、
 むしろあの子たちのためだし」
さくっと了承をもらう。

センターに戻り、
新人研修の合間にしばらくはこちらの仕事もできそうなので、
引継ぐ相手が見つかって引継ぎ完了するまでは何とかなりそうだと、
K松さんに告げる。

K松さんに報告する時、5m先の部長席に座るAさんに
ちろりと冷たい視線を投げかけた。
Aさんは私からの視線を避けるようにしていた。

彼のことだ。
おそらく私がK部長との二度目の面談に行く様子を伺っていただろうし、
そこで、私がK部長から真相を聞き出しただろうことも、推察しているだろう。


センターのメンバーたちは、私の今回の突然の異動が、
幹部社員たちによる何がしかの思惑が絡んでいることを見通していた。

メーリングリストの宛先には残しておきますし、
 センターの中にも入れるままにしておくんで、ぜひ戻ってきてください」
「いいわよー、席はそのままにしておくから。新しい人来ても、
 別の席を用意するから大丈夫、大丈夫」
「応援してるんで、負けないでくださいっ」

勝手な上司たちに振り回されることなど日常茶飯事で、
だけど自律的な彼らは、上で勝手に決められたことなど、適当に
かいくぐっていくのだ。

彼らに応援されながら私は、
新人研修の仕事と、センターの仕事の両方をこなしていった。


いつまでもセンターの仕事を続ける私に、
「いつまでお前は片足突っ込んでるんだ!」
K部長は怒鳴った。だが、
「だってまだ引き継ぎ相手も決まってないんですよ!
 今出たら、これまでやってきたことが、おじゃんなんですよ!
 残業せずにやり繰りしているんだから、会社としての余計な出費はないし、
 人事部長のH林さんの許可ももらってるんだから、
 いったい何が問題なんですか!」
「俺が出ろと言ってるんだから出ろ!」
どれだけ怒鳴られようが、私は一歩も引かなかった。

自分の目的や意志を貫くためならば、
筋の通らないことでどれだけ怒鳴られたって、
エネルギーは使えど、痛くもかゆくもない。

てこでも動かない私に、K部長は最後は、なだめすかすように、
「一度出てみるっていうのも、一つの手だぞ…」
そうため息をつきながら、言った。

 * * *

引継ぎ相手の見つからなかった私の仕事は、
結局、笑ってしまう話だけど、部長のAさん自らが、
引き継ぐこととなった。

私の代わりなど簡単に見つかるだろう、と
高をくくっていた気配のAさんだったが、
「いやいや、Satoさんのやってることの代わりなんて、私できません」
「いや、自分も無理です」
当たりをつけていた社員にはことごとく振られ、
「俺は知らねえよ。お前が何とかしろ」
とH野さんからは突き放されたのだ。


そうして引継ぎ作業の一環として、
協力会社のメンバーのテスト仕様書のレビューを一緒にすることになった。

メンバーが、細かなテスト仕様書の内容について説明をして、
それに対して私が色々質問や指摘をしている中、
Aさんは終始無言で、資料と私たちの様子を戸惑ったように見ていた。

そして最後、
「Aさんから何かありますか?」
そう振ってみると、しばらく固まったのち、
「・・・・・・まぁ、大丈夫ってことだよね?」
にこっと、ひきつった作り笑いで、協力会社のメンバーにそう言った。

いつも進捗会では、
「きちんとやらなきゃ駄目だろう!」
「そんないい加減だから駄目なんだ!」
そんな厳しい言葉を社員たちに飛ばしているAさんの言葉に、
協力会社のメンバーは、怪訝な眼差しを私に投げかけて来た。

そう、私たちの仕事は本当に全く違うのだ。

私がこの部署の定例会議で話されているハード関連の報告内容が
3年間ついぞ、わからず仕舞いで、議事録当番が回ってくるたびに、
センターのみんなに議事録に何を書けばいいのか
教えてもらいに回っていたのと同じように、
頭の良いAさんでも、実際にやったことのないソフトウェア開発の話は、
やっぱり全くわからなかったのだ。


『一度出てみるのも、一つの手』

(K部長のことは大嫌いだけど、確かにその言葉には一理あったかもねぇ…)
Aさんの姿を見ながら、私は思った。

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人は失って初めて、失ったものの大きさに気づくのだ。


(つづく)


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