"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 後編 vol.11

(主な登場人物)

  • 私…ハード部署の保守センターの業務を整えようとしている。籍はソフトウェア部署。
  • Yさん…初代センター長。私をセンターに入れた人。
  • H野さん…2代目センター長。私の仕事が理解できない人。
  • K松さん…センターの実務をこなす課長。ただでさえ多忙なのに、仲の悪い上の人達の間に挟まれて、さらに大変な人。
  • Aさん…新しくセンターにやってきた部長。ある日を境に、私に罵声を浴びせるようになる。
  • K部長…ソフトウェア部署側の上司。基本的に年に4回の成果面談でだけ会話する人。

(前回のあらすじ)
Aさんの誤解を解き、ようやくセンターの仕事に集中できるようになったところで、今度はソフトウェア部署の上司のK部長から、突然の異動を命じられる。

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突然、K部長から告げられた全く理解のできない異動について、
打合せスペースでK松さんと話していた私は、無念さに泣いた。

その時、いつもは私が泣いていても何も言わないK松さんが、
真剣な表情でまっすぐに私を見て言った。
「Satoさん。俺たちは相手に泣かれると、なんとか泣き止ませよう
 ということだけを考えてしまうんだ。
 だけどSatoさんは、何とかしたいんだよね?
 だったら、泣いていちゃ駄目だ。
 泣くのを止めて、どうすればいいか一緒に考えるんだ」

(あぁ、そうだ。私は、何とかしたいんだ)

そう思った瞬間、私の目から、涙がすっと引っ込んで、
もしかして、今まで自分は嘘泣きをしていたんだろーか、
と自分のことながら、思ってしまった。

そう。ここまでやってきたセンターの仕事を空中分解させないために、
どうすればいいかを、考えるんだ。

 * * *

1週間後。
「異動の理由を説明するから来い」
再びK部長から内線電話があり、私は会議室へ向かった。

私がK部長の向かいの席に座ったところで、
彼は口を開いて、こう言った。

「お前、Aさんがお前の資料の内容がわからないからと言って
 他の人間を呼んだだけで、パワハラだ何だって泣いて訴えて、
 忙しいK松さんを長時間捕まえて、
 仕事の邪魔をしているんだってな。
 いい加減にしろ。態度を改めない限り、次の仕事には入れない。
 新人研修の仕事をして、頭を冷やしてこい」

彼のセリフを聞いた瞬間、

(そういうことか……)

と思いつつも、あまりの衝撃に、

(新人研修の仕事を左遷先のような言い方をするのは、
 人事部に対して失礼でしょ。
 それにどうせ、人事部に恩を売るような言い方して私を入れたんでしょうに。
 大体、部下に仕事を与えずに遊ばせておいたら、実際に評価に響いて困るのは
 あなたの方なんだから、そんなことあなたが絶対できるわけないのに。
 『部下をきつく叱っている俺、格好いい』みたいに、
 何酔いしれてるの、この人は。馬鹿じゃないの)

そっちの方に内心で先に突っ込んでしまった。

上司が絶対で、情報の入手ルートも直属の上司に限られている
ソフトウェア部署の社員相手ならいざ知らず、
「上司は利用するもの」文化のハード部署で鍛え上げられた私に、
そんな脅しは通用しない。


一拍を置いた後、
パワハラをしたのはAさんの方ですよ!?
 なんでそっちの言い分を信じるんですか!?」
私は叫んだ。

「お前はいつも問題起こしているだろうが! だからお前が悪いんだよ!」
「何を問題だと言ってるんですか!
 そりゃ、ちょっとヒートアップするところはあるけれど、
 問題なんて起こしてません。あなたは私のことを誤解してます!
 問題を起こしたと言うなら、具体的な事例を挙げてください!」
言い返すと、K部長は一瞬言葉につまる。

「たとえば…昔、客と揉めてなかったか…?」
「は? お客さんとは、仲良いですけど? 毎回気に入られてますけど?
 私が気づいてないだけですかね? どこのお客さんのことを言ってますか?」
「えぇと……そうだ!昔、Y川と揉めていなかったか?」
「あんなの単に議論がヒートアップしていただけでしょ。
 仮にそれが問題だったとして、私が一方的に悪いんですか?
 Y川さんの方が先輩ですよ?」

ひたすら詰め寄ると、ついに、
「うるさい! 俺は、以前からAさんとH野さんから、お前のことで
 相談を受けていたんだよ!」
K部長がそう言った。


瞬間、私の中で以前に見た、ある光景がよみがえる。

Aさんから、ひたすら無視をされていた頃だった。

給湯室に行こうとセンターの部屋を出ると、
出てすぐのフロアの出入り口の所で、
Aさん、H野さん、K部長の3人が何やら打合せを終えた後の
別れの挨拶みたいなものを交わしていたのだ。

(珍しい組み合わせだな…)
ソフトウェア部署とハード部署では、仕事上の繋がりはほとんどなかった。
だけどもしかしたら、何か仕事上で連携する必要ができて
打合せがあったのかもしれない。

(もしもそうだったら、会社の中の壁がなくなっていくのにも
 良いきっかけだな)

少し嬉しい気持ちで、そう思った。

その時、3人の中でAさんだけが私に気づいた様子だった。

Aさんが私に対して、ひたすら無視や罵声を浴びせていた頃だった。
疑心暗鬼なAさんのことだから、K部長が私の上司だということに気づいたら、
せっかくの仕事の話がまとまらなくなるかもしれない。

私はK部長に挨拶せずに、そのまま給湯室へ向かっていった。

いつもは、私を見かけた瞬間にすぐに目を逸らすAさんが、
この時だけ、やたらずっと私のことを見ていたことだけが、
不思議だなぁと思っていたが…。


―――あの時だ。


瞬間、私の中で全てが繋がった。

私に対してキツく当たり始めた頃、
Aさんは、いつか私がK松さんに相談するだろう、
と見越して、先に手を打っていたのだ。

「協力会社のメンバーに嵌められたんだ」
以前、まだAさんとの仲が良好だった時、
彼が以前の部署で顧客から嫌われて、客先を出入り禁止になった理由について、
彼がそう話したことがあった。

事実がどうだったのかはわからない。

ただ、彼の頭の中には、
「誰かが自分を嵌めて追い出す」
という可能性が存在していたのだ。

だから、私が協力会社のメンバーのことでAさんに相談した過去があったから、
私との関係がおかしくなり始めた時、
「こいつは、いつか誰かに相談して、俺のことも追い出そうとするに違いない」
そう思ったのだろう。
だから自分が追い出される前に、私のことを追い出そう、と。


私を追い出すのに一番手っ取り早いのは、
私の所属長のK部長に引き取ってもらうことだ。
しかしK部長に相談しに行くとしても、
センター内に何人もいる幹部社員のうちの1人、
それも直近でやってきたばかりの自分ひとりが行っても、
怪しまれるかもしれない。

そこで、センター長のH野さんを乗せることにしたのだ。
「ジョブローテーション希望に書いても外に出せないんなら、
 引き取ってもらえばいいんですよ」
そう囁いたのだろう。何なら、
「あなたのお気に入りの協力会社の彼をこんな風にして貶めてますよ」
と、私が彼に渡した資料をH野さんに見せたりもしたかもしれない。

そして二人でK部長に
「いや、ちょっと彼女には困ってまして…」
というような話をしに行ったのだ。

そして、いつか私がK松さんに相談するだろう、と見越していたAさんは、
私の様子をずっと伺っていたのだ。
そして、私がついにK松さんと一緒に会議室に入った時、
よし、来た、と思って、
会議室から出て来るK松さんを待ち構えて、
K松さんの準備が整う前に捕まえたのだ。

そしてK松さんから聞きだした内容が、自分の予想通りであることを確認して、
すぐにK部長にアポイントを取って、
「ついに彼女がこんなことを言い出しまして…」
なんて話をしたのだろう、おそらく。

私がK松さん同席の上での話し合いの場を設けることを望んだのに、
なぜか最初に来なかったのは、
K部長に打合せを申し込んでいるところだったからだ。

どうせつべこべ言ってくるだけだろう私のことは適当にK松さんに任せて、
とっととK部長と会って、私を追い出すための決定打を打とう、
そう思ったのだろう。

だが、あの話し合いの場で、
彼は自分が勘違いで突っ走ってしまったことに気づいて、青ざめるのだ。

「あなたと一緒にやっていきたいです」
私のあの言葉は、彼にとって致命傷だったろう。
もうどうやっても、彼の描いた筋書きに、
私を当てはめることができなくなって。

あの場で彼が謝罪の言葉を口にしなかったのは、だからだ。
謝罪するわけにいかなかったのだ。
もう、K部長に会って、
私がパワハラだなんだと文句を言って今度は上司を追い出そうとしている、と
伝えてしまった後だったから。
もう引き下がれなくなっていたのだ。


呆然としつつも、
「これはAさんが仕組んだことです! 私はパワハラだなんて言ってません!
 私の話を聞いたK松さんが『それはパワハラだね』って言ったんです!
 ちゃんと事実確認してください!」

K部長に訴える。すると彼は、ふんっと鼻を鳴らして、
「まぁ、あのAってやつは黒そうだな。H野さんはただの馬鹿。
 K松さんはひたすらの善人だな」
と言った。

(数回の打合せだけでそこまで見抜けるなんて、
 意外に人を見る目あるじゃない)
思わず、感心する。

けれど、彼らの人柄をそこまで見抜いていても、
K部長の中では、問題児の私が幹部社員たちの手を煩わせている、という
ストーリーの枠を出ないのだ。

「こういう理由なんだから、いいか、センターは出ろよ」

話は、それでおしまいとなった。


 * * *

会議室を出て、私は怒り狂いながら、
ずんずんと歩いた。

(Aさん、あなたはいったい何をやっているんだ!
 あなたのせっかくの頭脳を何に使っているのだ!)

怒りで卒倒しそうだった。

私だって協力会社の彼の件で突っ走ったから、
Aさんが私への疑いにかられて突っ走ったことまではわからなくもない。
陰湿なやり口は、ともかくとして。

勘違いしていた時点でなら、私をセンターから出すのが
センターにとっての最善手だと考えたのもわかる。

だけど、私と話して、
自分が勘違いで突っ走ってしまったことに気づいた時点で、
なぜ引き返さなかったのだ!
あの時点で、私をセンターから出すことが、
センターにとっての最善手ではなくなったことに、
あなたは気づいたはずだ。

「行き違いがあったようですので、
 この件はなかったことにしてください」
と、なぜ勇気を出して、
K部長とH野さんに頭を下げて引き返さなかったのだ!

彼のプライドが2人に頭を下げることを許さなかったのかもしれない。
2人に弱みを握られるのが嫌だったのかもしれない。

彼は、組織にとっての最善でもなく、
私に誠実に向き合うことでもなく、
自分のちっぽけなプライドを守ることの方を選んだのだ。

(だけど、こんなのは出すところに出せば、完全にアウトの事案でしょうが!)

私がいたのは、大企業のグループ会社だった。
大企業の場合には、幹部社員研修で、
きちんとハラスメント研修は行われているし、
こういった問題が起こった際に、中立的に調査・裁定する専門部署もある。
無自覚に乗せられただけの関係者が、これだけいる今回の件など、
出すところに出せば、簡単に事実が判明して、裁定が下るだろう。


(H野さん、あなたも何をやってるんだ!)

H野さんに向けても怒りが炸裂する。

(普段はAさんと、業務に必要な会話すらろくに交わさず、
 K松さんを介してしかコミュニケーションを取らないで
 彼の仕事を増やしているくせして、なんだってこんなところでだけ、
 Aさんに乗せられて、一緒に仲良くK部長のところに行ってるんだ!)


自分のちゃっちいプライドにしがみついているAさん、
私の仕事の意義も、自身が乗せられていることにも気づかない、おバカなH野さん、
自分のメンツのことしか考えていないK部長。

(あなたたちは、いったいどこを向いて、何のために仕事をしているんだ!!!)

会社って誰のためのものなんだ?
組織って誰のためのものなんだ?
仕事って誰のためのものなんだ?

なんでこんな自分のことしか考えていない、見えていない、
阿呆な奴らのために、
センター全体、会社全体のことを考えてやってきた私の仕事が、
水泡に帰さないといけないのだ――。

私は怒りに目眩を覚えながら、
センターに向かう廊下を、ずんずんと歩いていった。

(つづく)


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