"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 後編 vol.16

(主な登場人物)

  • 私…ハード部署の保守センターの業務を整えようとしている。籍はソフトウェア部署。
  • Yさん…初代センター長。私をセンターに入れた人。
  • H野さん…2代目センター長。私の仕事が理解できない人。
  • K松さん…センターの実務をこなす課長。ただでさえ多忙なのに、仲の悪い上の人達の間に挟まれて、さらに大変な人。
  • Aさん…新しくセンターにやってきた部長。私に対して、やらかしてしまった人。
  • K部長…ソフトウェア部署側の上司。基本的に年に4回の成果面談でだけ会話する人。

(前回のあらすじ)
センターに戻るための大団円の計画を立てた私だったが、Yさんからの協力を得られず、センターに戻ることを断念する。

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Yさん。
あなたは、この物語を読んでくれているでしょうか?

もしも読んでくれているなら、
あの頃の私の考えていたことが、
あなたが想像していたことと、あまりに違っていて、
今頃、驚愕して――そして再び、罪悪感を抱いていたりするのでしょうか。


Yさん。
あなたは私を誤解していた。

そして、私もあなたをちょっと誤解していましたね。

 * * *

Yさんと居酒屋で話した夜から約1年後、私は突然に会社を辞める。

会社を辞める時、私はYさんとAさんに、
ほんのちょっとの意地悪をしていった。


私はセンターを出されたこと自体には、実はそこまで傷ついても、
腹を立ててもいなかった。
私がH野さんやAさんとうまくやれず、
その結果のストレスをK松さんにぶつけて
彼の時間を奪ってしまっていたことは事実だ。

部署の幹部社員とうまくいかない社員を外に出す。
その部署の幹部社員がそう判断するのなら、
たとえ目の前の仕事に堅実に向き合っているのが社員の方だったとしても、
それも一理あると思うのだ。
その部署のミッションを達成する責任を一番に負っているのは
幹部社員の彼らなのだから。

だけど私は、私の異動に少なからず関わった幹部社員5人全員に対して、
ひとつだけ、どうしても許せないことがあった。

彼らが何も知ろうとしなかったことだ。

何があったのか、その全容を誰も何も知ろうとも調べようともせず、

『部署でうまくいっていない社員のことを、幹部社員たちで相談して、
 元の古巣に戻すことを決めた。それが彼女にとっても、結果的に
 良いことだろうから。彼女のために、本当の理由は伏せて』

そんな、自分たちにだけ優しい、
うすっぺらで都合の良いストーリーに仕立てたことだ。

たかが、いち社員を部署から追い出す程度のことに
手の込んだことをしておいて、
いい年した幹部社員5人全員が寄ってたかって、
ただの一社員に過ぎなかった当事者の私に、そんな陳腐なストーリーを
押し付けたことだ。

最も立場の弱い私ひとりが、K部長に怒鳴られながらも、
ことの全容を知ろうと挑んだのに、
仕組んだ人間、意図せずとも加担した人間たちは、
自分たちが何をしたのか知ることから逃げて、
自分たちに優しい陳腐なストーリーに逃げたことだ。

全てわかった上で腹黒くやられていた方が、私にはいっそ気持ちよかった。

だから、
あなた達がやったことは、そんな幸せなストーリーじゃないのだと。

私がAさんから何をされたのか、
私がK部長からどんな言葉を浴びせられたのか。
Aさんの話を信じているK部長の元に、
私を戻すということが、どういうことなのか。

それを知ろうともせず、
「泣くな、怒るな。笑っていろ」
そんな言葉は、ただの暴力だ。

あなた達のしたことは、幹部社員5人集まって、
たった一人の一般社員を集団リンチしたようなものなのだ。

私がどれだけ強く見えるからと言って、
あなたたちの行動の経緯を、あまりに阿呆な顛末を、
どれだけ知っているからといって、

……傷ついていないわけではないのだ。

それだけは伝えたくて、わかってほしくて、

だから。

私は、ほんのちょっとの意地悪を、最後、YさんとAさんにしていった。


会社を辞める時、センターのみんなに宛ててメールを書いた。
会社中のたくさんの人達に宛てて、たくさんのメールを書いたけれど、
陽気な思い出でいっぱいの彼らに宛てたメールだけは、
真面目なテイストで書けなかった。

退職者の掲示のない会社だったから、メールでもしない限り、
異なる職場の社員たちに退職が伝わることはなかった。

当時、既にAさんはセンターを去っており、
彼がそこにいた期間も短かったから、
宛先から外しても、さして誰も違和感を感じなかっただろう。
彼の気持ちを慮るなら、宛先から外すのが優しさだったろう。

だけど、私はしっかりと宛先に彼を入れた。
「私は、センターのみんなと、本当に楽しくやっていたんだ。
 それをあなたはあんなやり方で追い出したのだ。
 そして今、私は会社を辞めるのだ。そこからは目をそらすんじゃない」
そういうメッセージを込めて。

もちろん彼が、
彼のしたことと私の退職を、
結びつけて考えるだろうことを想定して。


そして。

『私も送別会に行っていいのでしょうか』
と、わざわざ改まった文章でメールで尋ねてくるYさんに、
(いつも俺様なくせに、何を変なところで遠慮しているんだ)
と思いながら、もちろん来てください、と返し、

「総務部長のWに聞いたけど、
 お前、たいしたこと何も言わなかったんだってな」
送別会の席で、そう私に声をかけてきたYさんの言葉を、
(退職面談で、もしも私がAさんのことを話していたら、
 きっともみ消すつもりで、わざわざ総務部長のところにまで行ったんだなぁ)
なんて、心の中で呆れながら聞き、

「なんでお前、会社を辞めるんだ」
と、さらに聞いてくるYさんに
(どうせ、また『俺は何でも知ってるんだ』の材料が欲しいだけなんでしょ)
と思いながら、適当な言葉を返していた。

その頃、連日の送別会で受け取る花束の写真やら何やらを上げていた
SNSの私の投稿には、Yさんが毎回、律儀に「いいね」を付けてくれていた。

そうして訪れた退職日の夜。私はブログに新たな投稿を上げる。

他の人が読めば、
会社への色々な想いの詰まった、ただのちょっと泣けるくらいの文章だった。

だけど、Yさんにだけは、
そこに私が彼に向けて込めたメッセージが伝わるはずだった。

『私は、とてもたくさんの想いを持って、この会社でやってきたんだ。
 あんなことがなければ、私は会社を辞めることはなかった。
 あなたたちの作ろうとした、そんなおめでたい物語じゃないんだ。
 あれから私は、とても苦しんだんだ。あなたたちを恨んだんだ。
 あのことと、今、私が会社を辞めることは繋がっているんだ』

そういうメッセージを私はそこに織り込んでいた。

そして、その投稿を境にYさんからの「いいね」は、
パタリと止み、それを見て私は、
(あぁ、伝わったのだな)
そう思った。


 * * *

他にも関係する幹部社員のいる中で、
なんでYさんにだけそんなことをしたのか?

「Yさんになら、きっと伝わる」
そう思ったからだ。
Yさんがそういう人だと、ちゃんとわかっていたからだ。


なんで、直接言わずに、
わざわざそんな手の込んだことをしたのか?

伝わるはずの人だったからこそ、
あの居酒屋の夜に、私の言葉に全く耳を傾けてくれなかったことが、
悔しかったからだ。悲しかったからだ。

だから、
自分の抱える悔しさを、私の言葉を、
今度こそ、絶対に受け取ってほしかったのだ。
私に何があったのか、知ろうとして欲しかったのだ。


だから、思いっきり投げつけるように、
手の込んだ、ちょっと陰険なやり方をした。

受け取られ過ぎるほどに、
受け取られてしまうとは思いもせずに。

 * * *

私の退職から1年後、
すっかり新しい会社に溶け込んで、楽しく元気いっぱいにやっていた私は、
Yさんの退職祝いのパーティが開かれることを人づてに聞き、幹事のK松さんに
「こっそり行ってもいいですか!?」
とメールをした。

「こっそりと言わず、堂々と来てください!」
と返事をもらい、軽い足取りでパーティ会場へ向かった。

あの居酒屋の夜に関しては、ムカついたけれど、
何のかんので、Yさんが私のことを心配してくれていたのは事実なので、
元気な私の姿を見せて、Yさんに小生意気な言葉でもかけて、
「生意気なこと言いやがって。まぁでも元気にやってるようで良かった」
そんな言葉を返してもらおうと思ったのだ。

だけど。 

200人以上の出席者の一人ひとりと会話を交わしているYさんが、
センターのみんなと久しぶりに再会して笑い合っている私の元へと
ようやく近づいてきて。

お久しぶりです、と笑いかける私に、
Yさんは、硬い表情で静かに頭を下げて
「来てくれて、ありがとう」
それだけを言った。

私が小生意気な言葉を返しても、
Yさんは、ただもう一度静かに頭を下げて、
「来てくれて、ありがとう」
まるで、その言葉しか知らないみたいに、
ただ、それだけを私に言った。

人の顔に文字が書いてあるように見えたのなんて、
後にも先にも、この時だけだ。

『罪悪感』
その言葉が、Yさんの顔にはぴったりと貼り付いていた。


Yさんのその表情を見て、
その後も、たくさんの人達と言葉を交わすYさんの様子を見ているうちに、
私はようやく、あの夜、あの居酒屋でのYさんの意図に気がついた。



Yさん。

私が大団円の筋書きを考えていたのと同じように、
あの時、あなたもあなたなりの筋書きを考えていたんですね?

私とAさんの両方を守るつもりの筋書きを。

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(つづく)


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