"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 終幕 vol.2

(前回のあらすじ)
K部長の元を離れるために社内求職活動を行う私の元へ、
5年前に約束を交わしたお客さんの次期開発プロジェクトが始まる、
というメールが届く。

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私はT森さんからのメールを読み返す。

『今度、8月から長野の仕事が再び始まることになりました。
 当時の関係者を今、集めています。
 Satoさんの現在の状況は、どんな感じでしょうか?』

センターの仕事は、7月上旬で引継ぎを完了する目途が立っていた。
新人研修の仕事は、7月末までだった。
そして、そこから先の仕事は、未定だった――。

これを運命と言わずに、何と言うだろう。


私は、T森さんからのメールにすぐ返信をした。
ちょうど8月から先の仕事が未定な状態であることと、
詳しい話を聞きたいので直接話を聞きに行っていいか、
その旨を書いて送った。

すぐに、
今夜大丈夫ですよ、と返信が来た。

私は、定時になると、すぐにタイムカードを切って、
親会社の本社に向かった。

そこには、久しぶりに会うT森さんと、
初めて会う、彼の現在の上司がいて、彼らから案件の概要の説明を聞く。


8~6年前に行われていた、そのプロジェクトの初期開発は、
私たちの会社が主体で推進しており、私がキーパーソンだった。
当時のメンバーが集まれるかはわからなかったが、
当時は、年次の低い、それ程スキルの高くないメンバーの寄せ集めだった。
プロジェクトリーダーも、途中で辛くなって逃げ出したような人だ。
うちの会社は、私がいれば、他は当時のメンバーである必要はない。

「Kさんが、あと2年で定年なんだよ」
T森さんが言った。
Kさんは、システムの初期構想を考えたお客さんだった。
当初は顧客側のプロジェクトの取りまとめ役だったが、
プロジェクトが炎上して、顧客側の体制が見直された時、
取りまとめ役から外された経緯がある。

『Kさんに、最後、花を持たせてあげようよ』
そんなUさんの言葉が、また聞こえたような気がした。


「君の会社でこの案件をやるとしたら、幹部社員は誰になるんだ?」
T森さんの上司が尋ねる。

一番悩ましい質問だ。

当時の担当幹部社員だったJ部長は、
あのプロジェクトがきっかけで左遷されて、現在は間接部門にいるし、
ハード部署の管轄の仕事ではないし、
ソフトウェア部署にはK部長以外もいるが、
顧客の業種的に、どうにも現状だと、K部長が一番管轄的に合うのだ。

しかし、私はK部長から離れたい。

「当時の部長は今はもう異動になってますし…、
 合併に伴って色々組織構造も変わっているので、
 ちょっと持ち帰って相談します」
そう答えて、その夜は引き上げた。

 * * *

どうしようか、一晩考えるが、
やっぱり、まずはK部長に話を持っていくしかない、
という結論になり、翌朝、彼の携帯に電話した。

「…何だ?」
私からの着信に、明らかに面倒くさそうな声でK部長は電話に出た。
「新しい仕事の話が、私のところに来たので、ご相談なんですけど…」
「…は?」
電話の向こうで素っ頓狂な声が上がる。

私は彼に、T森さんからメールが来たこと、
概要を聞きに昨夜、親会社に行ってきたことを伝えた。

「お前、何、勝手なことしてやがるんだ!
 T森もT森だ。なんで俺に連絡してこないんだ!」
電話の向こうで、K部長が怒鳴る。

T森さんは、元々は合併前の私たちの会社にいて、
親会社に転籍になった経緯の人なので、K部長とも知り合いである。

「私は概要を聞いてきただけで、何の約束もしてきてないですし、
 向こうの上司だって私がただの一般社員だってわかってますよ。
 T森さんは、当時の開発メンバーの私に連絡してきたのであって、
 私の今の上司が誰か知らないのだから、K部長に連絡する発想なんて
 浮かびもしないと思うんですが…」
そう言うも、自分のメンツが潰されたとお怒りの彼の耳には、全く入らない。

結局、K部長はひたすら怒ったままで、実のある話をできないまま、
「こんな話、事業部長のIさんだって通さねえよ」
そう言って、電話は切れた。

曲がりなりにも幹部社員なのだから、
私のことが気に食わなくても、仕事になる――彼の手柄に繋がる話に対しては、
もう少し耳を傾けるかと思っていた。

彼のことを、私はまだ買い被っていたようだ。

(こんな奴に、話を潰されてたまるか)

私は次の一手を考える。

 * * *

翌朝。

いつもより1時間早く出社した私は、
ソフトウェア部署のフロアへ行く。

他の社員がまだ出社していないフロアで、
事業部長のIさんが一人仕事をしていた。
彼はいつも、早朝出社なのだ。

誰にも見咎められずに彼と話すには、
この時間がちょうどいい。

「おはようございます」
にこっと笑って、Iさんに声を掛ける。

「あぁ、早いね。どうした?」
「ちょっと仕事の話が来たので、ご相談なんですけど…」
そう言って、昔やっていた仕事の次期開発の話が来たことを説明して、
どういった情報があれば事業部長としてOKを出せるかを確認した。

「ありがとうございます。じゃあ、その情報をまとめて、また持って来ます」
そう言って、立ち去りしな、
「私が来たこと、K部長には内緒にしておいてもらえますか?
 勝手に私が親会社に話を聞きに行ったことで、怒られてしまいまして」
口に指を当てて、お願いをする。

「あぁ、いいよ。別に怒ることじゃないのにねぇ」
ですよねー。

私は、K部長から言われた言葉を、Iさんにちょっと言ってみる。

「まぁ彼も、ちょっとカッとなっただけだろ」
Iさんは、ちょっと面倒くさそうな顔になって、
机の書類に目を落として、元の仕事に戻りながら言った。

部下の上司への愚痴話は面倒くさいのだろう。

『せっかく仕事を持ってきた部下に対して、それはさすがにひどいな。
 別の幹部社員のところで、この仕事やる?』

そんな風に言ってくれないかな、
と、ちらりと期待していたが、
(やっぱり無理か…)
仕方ない、と思いながら、私は自分のフロアに戻った。


翌朝、私は必要な情報をまとめた簡単な資料を持って、
再びIさんの元へ行った。

「うん、これならいいと思うよ。
 Kさんから話が上がってきたら、後押ししておくよ」

K部長もさすがに、私の話を握りつぶしたら問題なので、
Iさんのところに一応、話としては上げるだろう。

「ありがとうございます!」
私はIさんにお礼を言って、自分のフロアへ戻った。

 * * *

数日後。

「まぁお前は、この仕事やりたいんだろ?
 仕方ないから、やらせてやるよ。
 Iさんも、『まぁいいんじゃないか』って言ってたしな」
会社の打合せコーナーで、K部長が私に言った。

Iさんは約束通り、私が来たことは伏せたまま、後押ししてくれたようだ。

そんな内幕を知らないK部長は、
「今回だけだぞ。次やったら殺すからな。
 死ねとは言わない、殺す」
にやっと笑いながら、そう言った。

数メートル先には人もいる、オープンスペースの打合せコーナーで、
このご時世に、そんなセリフを言って、本当にこの人は大丈夫だろうか。

私の方が心配になる。

でも、この人は、これで自分のことを本気で格好いいと思いながら、
こんなセリフを言っているのだ。

彼の言葉に何も返さない私を、
しおらしく反省しているとでも受け取ったのか、その場はそれで終わった。


けれど、K部長が、このプロジェクトのために、積極的に彼の元から
人を出すとも思えない。
なので私は、今度は人事部長のH林さんの元に行った。

こういった案件が始まりそうなんですが、人って集められそうでしょうか、
と尋ねると、
「若手で良ければ、何人かアサインできると思うわよ。
 最近、案件が落ち着いてきて、プロジェクトから出される子たちが
 増えてきているから」
H林さんは、そう返してくれた。

私が技術リーダーをやるなら、若手でも大丈夫だ。
初期開発当時だって、若手だらけだったのだから。

私とH林さんの会話を隣りで聞いていた、人事部の後輩も、
「よかったです。最近、開発案件が減ってきて、実際の開発経験を
 踏めない若手が増えてきていたのが課題だったんですが、
 これで彼らにもきちんと経験を踏ませられます」
そう嬉しそうに言ってくれた。

私が何度も人事部のプログラミング研修のレビュアーの仕事に
割り当てられたのも、
実際の開発案件に関われない若手たちに力をつけさせるために、
人事部が研修プログラムを用意していたからだった。


そのうち、マネジメントを担ってくれるベテラン社員も
必要になるかもしれない。
だけど、それも社内を駆け回れば、見つけることはできるだろう。

 * * *

この時。

全てが報われた、と思った。
全てが運命的に繋がった、と思った。

ES活動を通して培った、人の繋がりがあって。
もういい加減にしてくれ、と思いながらも、人事部の仕事を責任感を持って
遂行したからこそ、人事部に協力も仰げて、育てた若手もいて。

それを全て繋げて、私は私の願いを叶えて。

もしも私が、3月末にセンターを出ろ、と言われて、あぁそうですか、と
粘らずにセンターをさっさと抜けていたら、
きっと今頃は別の部署への異動を決めていて、このプロジェクトの仕事を
引き受けづらい状況だったろう。

センターや、会社にとっての最善を考え続けて、
それを選び続けた自分だったから、
だからこそ、今この時、誰にも迷惑をかけることなく、
8月から、念願のプロジェクトに入れるような状況が整っているのだ。

ジョブローテーション希望も提出済みだ。
仕事の話が来た後でのジョブローテーション希望だったら
微妙だったかもしれないが、
希望を出した後に仕事の話が来たのだから、
「とりあえず籍は異動して、仕事はこっちの方」
というのも、そんなにおかしい話ではない。
センターでも、籍はソフトウェア部署に置く形でやっていたのだから。

今は仕方なくK部長が絡んでいるが、実際に開発が始まったら、
「K部長は忙しくて社外常駐ですし、この案件の有識者でもないから…」
みたいな感じに言って、
異動先の幹部社員に担当を変えてもらえるよう働きかければ、
彼からもうまく離れられるかもしれない。


全てが運命的としか言えないタイミングだった。
運命が私に報いてくれたのだ、と思った。

もしかしたら、センターを抜けるにあたっての、一連のごたごただって、
何か私の大きな運命の力が働いたのかもしれない。
関係した人達は、私のそんな運命の力に巻き込まれたのかもしれない。

そんなことすら思った。

(さぁ、こちらは、準備万端ですよ)

長野の空に向けて、私は会心の笑みを浮かべて、そう言った。



しかし。


しばらくして、T森さんから再びメールが届く。

『すみません、ちょっと予算の関係で、
 要件定義は親会社だけで行うことになりました。
 今回の件は、いったん保留にさせてください』

※要件定義=システムで実現する必要のあることを顧客と整理する、開発初期工程のこと。

(つづく)


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