"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Summer-6

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自分のキャリアを技術系に振り切ることと、
入社以来の上司であるO島さんの元を離れることを決めた私は、
新規プロダクト開発のプロジェクトをひとまずクローズして技術部に引き継ぎ、
2017年6月、新たなグループで新たな心持ちで
仕事を始めることになった。


年に1回行われる開発部の組織変更は、マネージャー達が、
「その仕事は引き取るから、○○をくれ」
「それじゃ釣り合わない。□□の仕事も持って行ってくれないと」
みたいに、仕事と部下をトレードしあうような形だった。

今回の組織変更で、O島さんのグループから、
私とO野さんが抜けた。
私はN草グループ、O野さんはT内グループへの異動だ。

私の手持ち案件は、
新規プロダクトは技術部に引き継ぎ、
その他の案件は異動直前に開発を終わらせて、保守業務だけ別グループへ引き継いできたので、
身軽な身だった。

そこに、
「O野は別の案件でこれから忙しくなるから、あいつの持っているK案件をSatoさんが引き取ってくれないか」
と打診があった。

K案件は、私が入社した最初の年に、
O野さんリーダーの元で新規リプレース開発した案件だ。
最初の年には炎上したプロジェクトだったが、
今はもうすっかり鎮火して、通常の保守フェーズに入っている。

保守フェーズでやることは、
お客さんからの問い合わせ対応や、追加開発の見積作業などだ。
管理系の仕事ではあるが、月に1日くらいの作業だ。
技術系に振り切ることを決めた私だったが、
(まぁそのくらいならいいか。お客さんと話すのは嫌いじゃないし、
 異動のわがままを聞いてもらった身でもあるし…)
そう考え、「いいですよ」と答えた。


しかし、である。

やってみると、この案件が異様にお客さんからの問い合わせが多いのだ。
午前中にあっちの部署のお客さんから電話がかかってきたと思ったら、
午後はこっちの部署のお客さんから電話がかかってくる。

そして、業務仕様がかなり複雑なシステムのため、
開発に携わっていたとはいえ、細かなことになると、色々と調査した上で回答する必要が生じる。
想定以上の作業量だったため、同じくK案件の開発に携わっていた協力会社のIさんを、マネージャーのN草さんはアサインしてくれた。

そうして、お客さんの問い合わせ対応をしたり、
Iさんに細かな調査についてお願いして、その結果を確認したり、
見積り作業をしたりetc..

完全に管理系の作業である。
それで私の一日が埋め尽くされた。


しかも、である。

「このお客さんの業務だったら、別にそんなの障害じゃねーよ」
「お客さんの○○さんが要望してるなら、求められてるのはこういう機能じゃねーよ」
「Satoさん、開発に携わっていたのに、なんでこんなことも知らねーの」
前任者のO野さんに、調査結果の最終確認を求めたり、
見積りのレビューをお願いすると、こういう調子なのだ。

長年案件に携わっていた前任者が顧客業務に詳しいのなんて、当たり前だ。
なのになぜか、業務を知っている俺エラい、という感じに、
意味不明に上から目線なのだ。

このO野さんという人は、こういった言動ゆえに、開発部の後輩女性たちからの評判はすこぶる悪く、
けれども、典型的な体育会系脳の持ち主で、
一日でも先輩なら俺エラい、と思っている節があり、
どれだけ後輩たちから苦言を呈されても、完全にどこ吹く風である。
彼が耳を貸すのは、新卒入社以来からの先輩であるS津さんとT内さんの言葉だけだった。


そんなわけで、技術系に振り切ったはずなのに、
毎日、K案件の管理作業に追われ、
前任者のO野さんからはムカつく言葉を投げかけられ、
しばらくの後、
「もうやってられるかーー! お前に返すわーーー!!」
と、K案件をO野さんに突っ返した。

お前の言動が悪い、とS津さんやT内さんに叱られたO野さんは、
突っ返されたK案件をおとなしく引き取るも、
懲りるという言葉を知らない彼は、しばらくすると、
「ねぇ。K案件の2月リリース予定の追加開発、Satoさんが面倒見てくれない?
 俺、忙しくてさ。Satoさんなら、できるっしょ?
 テスト工程まででいいからさ。その後は俺やるから」
と声をかけてきた。

一度は「やる」と言った案件を突っ返したことに、
私は内心、若干の負い目を感じていた。
マネージャーのN草さんも、「それくらいなら、やってあげていいんじゃない?」と
私とO野さんのやり取りに若干うんざり気になりながら言った。

「じゃあ、テスト工程までなら…」
私は渋々引き受けた。
一抹の不安を感じながら。

このO野さんという人は、新規リプレース開発の時から、
「俺がやる」と言っておきながら、
「ごめん。俺、忙しいから、Satoさんお願い。Satoさんならできるっしょ。Satoさんがやらなかったら誰やるの」
と言って、土壇場になって自分の仕事を私に押しつけていく常習犯なのだ。


果たして。
この時もやっぱりそうなった。


私は机の前でうなだれる。
(技術系に振り切ると公言したのに、
 なんでいつまでも私は管理系作業をしているんだ……)

技術系に振り切ると決めた日から、もう1年経っている。
気持ち的に限界だった。

私はN草さんの元へ行き、
「すみません、やっぱりK案件をこれ以上できないので、O野さんにやってもらいたいんですが…」
そう言った。
私の言葉を受けてN草さんは、
「できないっていうのは、スキル的に?時間的に?」
そう聞き返した。

K案件と、他の技術系の仕事の両方をやる時間がない、
というのが実情だけれど、
ここで「時間的に」と答えたら、
「じゃあ、技術系の仕事は他の人に振るから」
という展開になることが予想された。


「……気持ち的に」

一瞬の間を置いて、そう答えると、
は?とN草さんは、あんぐり口を開けて、
『何を言っているのだ、こやつは』という感じに、
まじまじと私を見た。

 * * *

「君はスーパーカータイプなんだよねぇ」

思い悩んだ私は、前職の知人に久しぶりに連絡をして、
今回のことを相談すると、彼はそう言った。

「条件の整ったコースを走らせると、物凄いパフォーマンスを出すけど、
 一般道を走らせると壊れる」

壊れる。

「上司からすると、そこまで馬力出なくていいから、
 一般道を壊れずに走ってくれる普通車の方がいいよな」

そう言われても、私は普通車になれない。

「まぁせめて、一般道でもエンストしないくらいにはなってほしいよな。
 それか、自分の走れるコースを自分で用意するか、だな!」

どうすればいいのか、さっぱり道が見えない。

でも…、
と私は言った。
「今回私、テスト工程まではやる、と言って、ちゃんとそこまではやったんですよ。
 だけど結局、約束を破られて。

 時間的には出来る、スキル的にも出来る。でも気持ち的にできないって言うと、
 なんかわがままな感じになってしまう。
 スキル的にできなければ仕方ないと思ってもらえるけれど、
 スキル的にできるがゆえに、わがままになってしまう。
 何かそれって変じゃなかろうか…ていうのが、
 私が今回、悶々としているところなんですよ」

私のわがままは、本当にわがままなんだろうか?
そこに私は悶々としているのだ。

「なるほど。その彼が最初の契約を破ったってことだな。
 うーん…じゃあ、今度から受託明細書を取り交わせば?」
そう提案された。

「受託明細書?」
「そう。こういう条件でここまでは請け負います。ここから先は、not my business!って奴だな」

なるほど。

「あと、君の場合はそこに、燃料補給方法も書いておくといいだろうね」

ふむ。

少し具体的な解決策の見えてきた私は、お礼を言って、
ひとりになって考える。


受託明細書。
つまり、自分を会社として見立てるってことだ。

会社……。

(……そうか! そういうことか!!)

不意に閃いて、
私はマインドマップを描き始めた。

マインドマップの中心に
『株式会社Sato』
と書く。

そこから、3つの枝を作る。
1つ目が「運用資金(心の栄養)」、
2つ目が「扱っている商品(スキル)」、
3つ目が「市場のニーズ(会社の課題)」だ。

1つ目の枝から、さらに枝をのばして、
自分が必要としている仕事の要素を書いていく。

人の反応のある仕事、
自由に動ける仕事、
自分の伸ばしたいスキルを伸ばすことができる仕事、
頭をフル回転させられる仕事、
こうしたい!という想いのある仕事、etc..

続いて、2つ目の枝からも枝を伸ばして、
自分の持っているスキルを書き連ねていく。
決断力、設計スキル、障害調査スキル、整理スキル、etc..

そして、最後、3つ目の枝からは、
入社してからここまでの3年半で見つけてきた、
会社の抱える課題や問題点、その原因構造などを書き連ねていった。

そうして、出来上がった『株式会社Sato』のマインドマップを俯瞰する。

つまり、この3つがうまく回ればいいのだ。

『株式会社Sato』は、それなりに市場のニーズに応えられる商品を取り揃えている。
だけど、現時点では、うまく運用資金が得られずに、
しょっちゅう破産寸前になってしまう。
そこが問題なのだ。

どうやったら、安定して運用資金を得られるか。

私は、じっと、マインドマップを見つめながら考える。
ぱっとは何も思いつかない。

だけど、絶対に、あるはずだ。
『株式会社Sato』だからこそ、できるやり方が――。

(つづく)


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