"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Spring-6

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2014年6月に入社してから約2年の間、
炎上プロジェクトで火消しに奔走したり、
昇級したり何やりしながら、それなりにガツガツ働いていた私だったが、
内心は若手社員気分を満喫していた。

社会人12年目にもなって若手なわけないのだけれど、
会社全体的に社員の年齢層が高く、
さらに所属グループは特に年齢層が高くて、私が最年少だった。

上司のO島さんは、スパルタなきらいはあったけれど、頼りがいのある上司で、
1つ上のO野さんとは、席を隣り合わせながら憎まれ口を交わし合い、
O島さんやO野さんに突っ込み突っ込まれる私を
他の先輩社員たちが優しく見守ってくれ……という状態だった。

前職で若手だった頃、先輩がプロジェクトから逃げ出したり、
上司が左遷されたりして、
守られたり甘えたりする経験をほとんど経ずにここまで来た私は、
「欲しくて得られなかったものを、
 きっと今、私の人生が遅れて私に与えてくれているに違いない!」
と思い、上司や先輩たちに甘える時間を存分に堪能していた。

 * * *

(とはいえ、さすがにそろそろ若手気分も終わらせないとかな――)
そんなことを思い始めていた、2016年秋。

ある、10年目社員の退職の旨が掲示された。
その社員は若手の中で技術が抜きんでていて、
社内勉強会を開催したり、テクニカルミーティングで色々発表したりと、
会社の技術向上に努めており、多くの社員たちから一目置かれている人だった。

私も、技術的なことなどでは、何度か彼に助けてもらったりした。

彼の退職には、多くの社員が驚いていたが、
「10年働いたから、もういいかな、と唐突に思って」
と、本人は飄々と言った。

彼の退職にショックを受けている社員はそれなりにいて、
私も一抹の寂しさは感じたけれど、
同時に、彼の旅立ちは彼の人生にとって良いことのように感じた。

私は彼の姿に、少しだけ、前職での自分を重ねていた。
技術の先導者として後輩の育成に努めていた自分。
だけど、自分が先達として立っている限り、
自身の成長は緩やかなものにしかならないことに、
この会社に来て、気がついた。


「まだ若いのに長老みたいな風情をしているから、
 別のところに行くの、いいと思うよ。
 新しい場所に行くと、若返るよ」

彼の送別会に行く道すがら、並んで歩きながら私はそんなことを彼に言った。


彼の最終出社日。
彼が会社の人達へ一通りの挨拶を終えて、最後、執務室を出る時、
扉の向こう側から執務室の内側へと、静かに頭を下げるのが、
扉の延長線上の私の席から見えた。

そんな彼に向かって、私は心の中で、いってらっしゃい、とエールを送った。

(あなたが残していくもののうち、いくつかは私がちゃんと引き受けるから、
 心置きなく、自分のために、いってらっしゃい)

 * * *

「あいつが辞めなければ、あいつにも入ってもらったプロジェクトなんだけどな」

O島さんが言った。
ある新規プロダクトの開発プロジェクトが、O島さんの元で始まっていた。

元々、O島さんの担当業種のお客さんに特化した
汎用プロダクトを作ろうとしていただけだったのが、
経営層と色々とやり取りしていくうちに、
会社全体の次期プロダクト開発という話に膨らんだのだ。

そうして少し前から、開発部と技術部の面々で定期的に打合せが設けられて、
何となくバタつき始めている気配を、私は横で眺めていた。

「そろそろ私の手持ちの仕事も落ち着いてきたので、私も入りましょうか?」
O島さんにそう尋ねると、ぜひ入ってくれ、と返ってきた。

そうして、10人くらいが集まった定例の打合せに参加してみると、
どうも妙だった。

打合せは毎回2時間くらいなのだが、
やっていることは既存システムを真似た設計書を各自で作成して持ち寄って、
それぞれ、色々意見を言うのだけれど、
何も決定せず次回持ち越し……。
という状態が続くのだ。

打合せに2,3回出てみたところで、どうもこれはおかしい、と思い、
O島さんに尋ねた。
「このプロジェクトのリーダーって誰なんですか?
 なんか、方向性を決める人がいないような気がするんですが…」
そうすると、何と、「まだ、いない」という答えが返ってきた。

マジか。
あれだけの人数で2ヵ月打合せしているのに、リーダーがいない。

「M本さんにお願いしようかと考えてたんだけど、本人が乗り気じゃないんだよな…
 会社のプロダクトだから、技術部が音頭を取ってくれてもいいんだけど、彼らも乗り気じゃない…」
O島さんがぼやく。

スケジュールを尋ねると、年内までにベースシステムを作って、
年明けから、春に納品予定の実案件へ適用していく計画だという。

ちなみに現在は10月中旬だ。

今のやり方では、間違いなく間に合わないし、
既存システムを真似ただけのイマイチなものが出来上がるだけだろう。

じゃあ、と私は言った。
「私がリーダー、やりましょうか?」

止まっている物事を勢いを持って動かすことは得意だ。
それにたぶん、若手気分から抜け出す良いタイミングだろう。

「それは助かるよ、Satoさんなら安心だ」
そうO島さんは言い、
2016年秋。
私は新規プロダクト開発プロジェクトのリーダーとなった。


(つづく)


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