"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Summer-4

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会社中に響き渡る大声でやらかしてしまったあの日から一週間。
私は変わらず落ち込んだままだった。

(この先、自分はこの会社でどうやっていこうか…)
重たく沈み込みながら考えていた。

廊下で人とすれ違うたびに、
(あ、この人、発狂した人だ…)
と思われてるんじゃなかろーか、
なんてことを思う毎日だった。


二度と、あんな事態を引き起こさないためには、
どうすればいいのか。

あれが起こった原因は、私の中でため込んでいたストレスだ。
ためこまれていたストレスという名の大量の爆弾に、
あの時、全て着火して爆発したのだ。

悶々としながら、私は、
今の自分には2つのことが必要だろう、
という考えに至った。


まず、信頼して相談できる相手を増やすこと。

入社して以来、ずっとO島さんの部下だった。
このプロジェクトでは何だかちょっとおかしくなっていたけれど、
O島さんは頼れる上司だった。
だから、私が仕事のことを相談する先は、いつもO島さんだった。

だけど、それだと、O島さんとの間で問題が発生した時に、
どうしようもなくなってしまうのだ。
今回、私はO島さんとの問題を解決しようと、ひたすらO島さんに向き合い続けた。

それはまるで、
窓を締め切った部屋で、ひたすら2人だけで向き合い続けて、
「もう無理」と、
「やっぱり何とか続けられるだろうか」を、
行ったり来たりして、
どんどん息苦しくなっていくような感じだった。

これまで携わった案件が、他部署の人と関わることが比較的多かったこともあり、
他部署にもそれなりに話せる人はいたが、
こみ入った相談をできる相手はいなかった。

O島さんに対して、相当なストレスを貯めてはいたが、
だからと言って、無責任な第三者にO島さんを批評してほしくはなかった。
きちんと、状況を冷静に把握して、現実的な対応策を考えてもらえる相手。
そういう人が欲しかったが、そういう関係性を築けている人はまだいなかった。

相談というのは、
相手との信頼関係が築けていないとできないものなのだ。
そして信頼関係は、一緒に仕事をして初めて築ける。

今回のようなことが起こる前に、
きちんと相談して対策を打てる相手を増やすこと。
それが今の私に必要なことの1つ目だ。


そして、必要なことのもう1つ。
O島さんからいったん離れること。

この頃のO島さんは、
なんだか私のことを、『自分の思い通りにできる相手』とみなしているように見えた。
O島さんが過剰な要求をするのは、私に対してだけだった。
グループの進捗会で、他の人が
「ちょっとこれをやっている時間はないですね」
と言うと、
「あ、そう? じゃあ、誰か他の人いない?」
とあっさり承諾するのに、私相手の時だけ、
「Satoさんならできる!」「無理です!」
なんてやり取りになるのだ。

「それはO島さんがSatoさんに対して期待しているからだよ」
とO島さんや他の人は言うけれど、
私には、O島さんが私に甘えているだけのように思えた。

『会社の新規プロダクト開発』というのが、とてもプレッシャーだったのだろう。
元々は単に、自担当の業種向けに汎用化したシステムを作ろうとしていただけなのに、
諸事情から『会社全体の次期プロダクト開発』という大袈裟なものになってしまったのだ。

従来のプロダクトに負けないものにしなければ、と過剰に意気込んで、
それが、私に対する過剰な要求という形となって現れたのだ。
それなりにスキルがあり、かつ「信頼」「責任」という言葉に弱い私ならば、
自分の要求を全て受け止めてくれるように、
思ってしまったのだろう。

そして私も、O島さん相手に、
いちいち反応してしまう癖のようなものがついてしまって、
お互いに冷静になれないのだ。

いったん離れて、
現状出来上がってしまったコミュニケーションパターンを
リセットすることが必要だ。

 * * *

考えのまとまった私は、
今の自分に必要なものを手にするにはどうすればいいか、考え始めた。

この会社の組織変更は、期の変わり目の6月に行われる。
といっても、マネージャ間で、案件と部下をトレードし合うような形なので、
毎年、それほど大きな変動はない。

このままいくと、次の組織変更後も、
上司はそのままO島さんである可能性が高い。

私は、開発部のマネージャーたちの顔を順々に思い浮かべた。
ある程度の、人となりはわかる。

私の性格的に、上司部下の関係となった時に相性が悪いのは、
圧をかけてくるタイプと、
「俺のいうことを聞け」タイプだ。
そのあたりを基準に、私はマネージャー達を自分と相性の良さそうな順に頭の中で並べていった。

その結果、1番目になったS津さんに宛てて、
メッセンジャーを開いて、メッセージを書き始めた。

S津さんと会話したのは、過去に飲み会で一度だけだ。
その飲み会で、私は冗談半分で、
「もしも、私がO島さんの元でやっていけなくなったら、引き取ってもらえますか?」
と聞いた。
彼はその時、「いいよ」と即答した。

S津さんがそのことを覚えているとは思わないけれど、
たぶん、こういうメッセを送っても、眉をしかめる可能性は低い人なんじゃなかろうか。

『次の組織変更のタイミングで、
 私をS津さんの部下にしてもらうことは可能でしょうか?』

眉をしかめられる可能性は低いように思いつつも、
(こんなの送って大丈夫かな…)
心臓が、どくん、とする。

だけど、とにもかくにも行動しなければ道は切り拓けない。
私は送信ボタンを押した。

はたして、
返事は、すぐに来た。

『いいよ』

窓が開いて、新鮮な空気が入ってきた感覚がした。
重く沈み込んでいた私の体が、
安堵とともに軽くなるのを感じた。

 * * *

この時、私は前職でのことを思い出した。

K部長の元を離れるために、
あれこれ動いたり、
何人かの人に助けを求めたりしていたあの時。

もしも、こんな風に、
二言返事で助けてくれる人がいたなら
私はあの会社を辞めていなかっただろうな、と。


この会社に来て、
私はたくさんの"べき"から解放されていた。

後輩は育てるべき、
嫌なことも我慢してやり遂げるべき、etc..

この場所は、安心して弱音を吐ける場所だった。
どれだけ笑顔が武器だと言われても、
安心して弱音を吐けない場所では、
安心して笑顔ではいられないのだ。

 * * *

「お前、意外と客観的にO島さんと自分のこと見てるんだな」

S津さんが言った。

大体の理由は察しがつくけれど、一応、対面で理由を聞かせてくれないかと言われて、
私は会議室で、O島さんの元を離れたいと考えている理由について、
S津さんに説明していた。

そう。あんな阿呆なことをやらかしてはいるけれど、
私は結構、客観的に自分や周りを見ている人間だ。

「俺が聞いて回った感じだと、
 Jグループの奴らまではお前の声が聞こえたって言ってたけど、
 その先の営業の奴らは聞こえなかったって言ってたから、
 あのあたりが、お前の声が届いた境目だな。
 だから、会社中じゃなくて、会社の3分の2だな」

私が「会社中に響き渡る声で…」と言ったことに対して、
S津さんがそう言って訂正した。

何のリサーチをしてるんだ、この人は。


「まぁ、異動の件はわかった。
 ただ、もしかしたら来期、俺は部下を持たないことになるかもしれなくて、
 その時はN草の元でもいい?」

N草さんは、S津さんがダメだったらアプローチしようと思っていた人だ。
はい、構わないです、と答えた。

「じゃあ、O島さんへは、お前の方から話しておいてもらうんでいい?」

最後、S津さんがそう言い、
元々そのつもりだった私は、
はい、問題ないです、と答えた。


 * * *

しばらくして行われた成果面談の席で、
私はO島さんに、異動したい旨と、
S津さんから既に了承をもらっている旨を伝えた。

私がそう考えている可能性を、O島さんも少しは考えているんじゃなかろうか、
と思っていたのだが、O島さんは全く思いもしていなかったらしく、私の話を聞いて狼狽した。

来期の計画について説明され、
そこに私がどうしても必要だから、どうか考え直してくれ、
次はちゃんと任せるから、と
必死に引き留められたが、私は首を縦に振らなかった。

「私は私自身のキャリアのために、
 今、どうしてもO島さんの元を離れる必要があるんです」
そう言い張る私に、
「なんて、わがままなんだ……」
O島さんは絶句した。

そう言われても、私は頑として譲らなかった。

だって私は前職の経験を通して、身をもって知っている。
自己犠牲は持続不可能なのだ。

会社のため、お客さんのため、プロジェクトのため…。
そんな自分以外の何かのためを優先していたら、
どこかでエネルギーが潰えてしまうのだ。

まず、”自分のため”でなければいけないのだ。
そうでなければ、
どれだけ頑張ったところで、どれだけ成果を上げたところで、
結局、持続不可能で、
自分も周りも幸せにはなれないのだ。
わがまま上等だ。


しばらくの押し問答の末、
私の気持ちが決して変わらないことを悟ったO島さんは、
がくりと肩を落とした。

O島さんのうなだれっぷりに、さすがにちょっと可哀相になり、
「えーと…別に、二度と一緒に働かないって言ってるわけじゃないので…、
 またそのうち一緒に働きましょう。ね?だから大丈夫ですよ?」
私は励ますように声をかけた。

 * * *

「そんなこと言って、結局俺と一緒に働くことなく、会社を辞めたじゃねーか」

この間、ひさしぶりに会って飲んだ時、
O島さんがそう言った。

私は、まぁまぁ、と笑う。

「あの時、離れたから、今こうして一緒にお酒を飲む関係でいられてるんですよ」
悪びれずにそう返すと、
まぁそうなんだろうね、と
O島さんは少し淋しげに苦笑した。

 * * *

この会社に入って、最初の上司のO島さんは、
トライアスロンをやっているせいか、
クレイジーなまでの筋肉脳を持った、プレイイングマネージャーだった。

O島さんからの過大な要求にぐったりしている私に、
「Satoさんに、俺の持っている技術を全て受け渡したいんだ!」
追い打ちをかけるように、そんなことをのたまって、
(何を言っているんだ、この人は…)
と目眩を覚えたこともあった。


だけど、少し前。ある仕事で、
(このまま行くと問題が発生するだろうなぁ…)
と思いながら、先回りしてあれこれ打つ手を考えていた時に、ふと、
(あ、これ、O島さんに鍛えられたところだ)
そう思って、ふっと笑った。

O島さんに出会わなかったら、今、これをできる自分にはなれていなかったろうなぁと
そんなことを思って、
「Satoさんに、俺の持っている技術を全て受け渡したいんだ」
O島さんの台詞が蘇った。

(あなたが私に受け渡したかったものを、私はきちんと受け取っていましたよ)

O島さんは、自分の戦力になってほしくて私を鍛えていたのだろうけど、
そしてその期待を、私は思いっきり袖にしたけれど、
受け取ったものを、別の場所で繋げていくこと。

なんだか、それも素敵なことですよね、
とO島さんを思い出しながら、微笑んだ。


でも、あの日々を、こんなところに赤裸々に綴っているのがバレたら、
次会った時、口きいてくれないかな?

絶句して顔をこわばらせるO島さんの姿が、
目に浮かんで、ちょっと怖い。

だけど、これでもだいぶ、マイルドに仕上げたんですよ?
超絶辛口のカレーを、
超絶甘口にするくらいには、ね。

(つづく)


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