"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Summer-3

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これは、私の社会人人生の中で、
もっとも恥ずかしい、
そして、もっとも阿呆らしい、一日の話である。

 * * *

技術系に振り切ることを決意した私だったが、
そうは言っても、現在の新規プロダクト開発のプロジェクトは、
リーダーとして全うする必要があった。

年明けから、管理担当としてS高さんが入ってくれたおかげで、
O島さんの過度な要求は、若干は和らいでくれてはいたが、
それでも、O島さんのマイクロマネジメント気質は相変わらず続き、
プロジェクトメンバーの意見や自主性を尊重ながら進めて行きたいリーダーの私と、
自分でがっちり目を光らせながら進めたいO島さんの間で、小競り合いの日々は続き、
プロジェクトの合意形成をどうやって図るかということに日々、私は悩まされいた。

そんな中で、その日は訪れる。

2017年2月下旬。

ある機能の設計仕様に関する素案を、
K田さんが考えて、私とO島さん宛てにメールを送って来た。
それをレビューした私は、いくつかの問題点を指摘して、
ブラッシュアップした案として、A案とB案を提案したメールを返した。

「自分はA案がいいかな、と思いました」
とK田さんが返信をくれ、
「俺はB案がいいと思う」
と、続けてO島さんから返信が来た。

ふむ。割れたか。
私はA案でもB案でも、どっちでも構わないけれど、
きちんと合意形成は図りたい。

私は自分なりの見解を考えてから、
K田さんに声をかけ、O島さんの席のところに3人で集まった。

「私も少し考えてみて、A案の方がより良いかな、と思ったんですが」
そうO島さんに言ってみると、
「A案は絶対ダメ。わかりづらい」
とO島さん。

その言葉に私は、少しイラッとする。
最適な設計というのは、多角的に考えて導き出すものだ。
絶対ダメ、なんて言葉で斬って捨てるものじゃない。

「これは開発者が使用するデータの仕様ですから、
 開発者である私やK田さんが良いと言っているA案が一概にダメとは言えないと思うんですが…」

そう言ってみるも、O島さんは「A案はダメ」の一点張りだった。

念のため繰り返すけれども、
私はA案でもB案でも、どっちでもいい。
だけどリーダーとして、「マネージャーが『A案は絶対ダメ』と言ったから」なんて理由で、B案を採用することはできない。

私とO島さんの押し問答は続き、
「じゃあ、開発者である他のメンバーにもアンケートを取って決めるので、どうですか?」
私がヤケクソ気味で提案すると、
「あぁ、いいよ。絶対B案になるから」
そうO島さんは自信満々に言い、メンバーにアンケートを取ることが決まった。

何度も繰り返すけれども、
私はA案でもB案でも、どっちでもいい。
ただ、きちんと合意形成を図りたいだけだ。

そうして、私はメンバーたちに、忙しいところ申し訳ないけれど、
A案とB案のどちらがいいと思うか、明日の正午までに回答をくれないかと
メールを送った。


翌日の午前中、O島さんは別の仕事で社外に出ていた。

昼。
メンバーたちからの回答が集まり、結果は一票差でA案の方が多かった。
私は
『回答どうもありがとうございました。一票差でA案になりました』
と、メンバーたちにメールした。

午後になり、O島さんが社外から戻って来た。
私がみんなに送ったメールを見たO島さんは、
「終わったな…」
と、つぶやいた。

何も終わらんわ。

私は無視して黙々と仕事をする。

しばらくして、O島さんが思いついたように、
「なぁ。全員から時間内に回答あったのか?」
と聞いてきた。

私はK藤さんだけ5分遅れだった旨を伝える。
K藤さんはA案だ。

「じゃあ、それは無効だな」
O島さんが言う。

K藤さんは忙しい中、丁寧に内容を確認した上で、
回答を送ってきてくれたのだ。
その回答を無効とか、何を言っているのだ、この人は。

仮にK藤さんの票が無効だったとして、
それでもA案とB案は同票だ。

私はO島さんを無視して、黙々と仕事を続ける。

不意に、プロジェクトのメンバー全員に宛てて、
O島さんからメールが飛んできた。
メールを開くと、こう書かれていた。

『本当のアンケート結果はB案だったようなので、B案とします』

・・・・・。

帰ろうかな。

まず、そう思った。

O島さんから降ってわいてくる要求に対応し続けて、
連日連夜、終電帰りだ。

「成果物は全て君がしっかり確認してくれ」
そう言うO島さんの言葉に従って、
毎日毎日、10人ほどのメンバーたちの作る成果物をひとつずつ丁寧に確認して、
そして今回の設計の件だって、きちんと時間をとって、
様々な角度から考えを巡らせてレビューしたのだ。

そこまでやっていることに対して、一方的な意見を押し付けられて、
そして、こんなアンケートのためにさらに時間を割いて、
メンバーたちだって忙しい中、真面目に回答をくれて、
そしてそこまでして、結局それを無視されて進められる。

もうずっと、そういったことの繰り返しだった。


腕時計を見ると、14時半だった。
コアタイムは15時までだ。

(あぁ、まだ帰れない…)

そう思ったところまでは覚えている。
私の思考がきちんと働いていたのはここまでだ。

私はゆらりと立ち上がった。
そして、O島さんの席へと歩いていき、
彼の机をばんっと叩く。

本社は、間仕切りのない縦にだだっ広いフロアに、
200人弱の本社社員と、派遣さんが机を並べている。

次の瞬間。
私は、そのフロア全体に盛大に響き渡る大音量で、
叫んでいた。

「いい加減にしてください!
 そんなに自分の思う通りにしたいなら、全てO島さんが決めてください!!
 私はもうこのプロジェクトを降ります!!降ります!!!」

―――・・・

そこからの記憶は断片的だ。

「落ち着け、落ち着け」
S高さんがやって来て、私を落ち着かせようとするも、
私はひたすら叫び続け、
とりあえず会議室で話そうや、と
S高さんが私とO島さんを会議室に引っ張っていく。

会議室でも私はおさまらず、O島さんに対して怒鳴り続け、
隣りの会議室で打合せしていた役員たちが
何事かと飛び込んで来る。

それでも、私の絶叫は止まらない。


あの一日が、どうやって終わりを迎えることができたのか、
正直、まったく覚えていない。

 * * *

翌日。

「いや~、うちの会社の社員ってみんな大人しいから、
 ああいう風に熱くなるのって、俺はいいと思うんだよねっ」
デザイナーのO部さんが、本気か慰めか冗談か、
そう言った。

「なになにSatoさん、昨日発狂したんだって?
 何で俺のいない時に、そんな面白いことしてるの。
 俺のいる時にやってよ~」
昨日は出張で不在だった、隣りの席のO野さんが
にやにや笑いながら声を掛けてきた。

「ったく、最初はN草さんが止めに入ろうと席を立ったくせして
 俺も席を立ったのを見た瞬間に、お前行けって目で合図してきやがるんだぜ。
 ずりーよなぁ。俺、昨日は本当に大変だったんだぜ」
S高さんが、私たちを止めに入った時の話を、武勇伝のごとく、楽しげに周りに話していた。


そして私は。

ずもーん、と落ち込んでいた。

(もう駄目だ……。こんな醜態をさらして、もう駄目だ……)

ひたすらに、落ち込んでいた。


(つづく)


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