"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Winter-7

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2021年11月上旬。
私は長期休暇を取って、愛車のモンキーで長野へツーリングに来ていた。

長野の知人と久しぶりに会って、楽しく食事して、
深夜、ホテルの部屋へ戻って来てから、
メッセンジャーとショートメールの通知に気がついた。

最初にメッセンジャーを開く。
元同僚のO部さんからだ。
おひさしぶり。最近、どうしてる?というメッセージの後に、
『ちょっとお知らせがあるのだけど。
 お知らせというか、訃報なんだけど聞いてるかな』
というメッセージが続いていた。

訃報?
元同僚たちの顔を順々に思い浮かべてみるも、全く見当がつかない。
『訃報? どなた??』
そうメッセージを返す。
既読マークはつかない。
メッセージが来たのは夕方だ。もう遅いし、寝てるのかもしれない。

まぁいいか。
今度はショートメールの方を開く。

保険会社の担当のTさんからだった。
今日の夕方、バイクで長野に向けて走っている時に、
Tさんから着信があったのに気づいてはいたが、運転中だったので出られず、
(まぁ、たまに来る、いつもの近況伺いの電話だろうな)
くらいに思って特に気に留めていなかった。

その件かな。でも、ショートメールが来るのは珍しい。
なんだろう?と思って開くと、そこにはこう書かれてあった。

『Satoさんを紹介してくれたO野のことで連絡しました。
 すでに耳に入っているかと思いますが、念のため連絡しました。』

TさんはO野さんの知人だ。

タブレットを操る手が止まる。
心臓が、どくん、とする。

O部さんのメッセージと、Tさんのメッセージ。
この2つを合わせたものが意味することは―――・・・

心臓が、ばくばくし始める。

メッセンジャーを開く。
O部さんの既読マークは付いていない。

Tさんに電話をかける。
繋がらない。

アドレス帳を開く。
O野さんのことならば、S津さんだろうか?
そう考えてS津さんの名前を探すが見つからず、
S津さんの電話番号を知らなかったことに気づく。

じゃあ…と、今度はO島さんの名前を探して電話をかける。
私が入社してすぐに携わった、
O野さんがリーダーを務めていたプロジェクトのマネージャーが、O島さんだ。

数度の着信音の後、電話の向こうでO島さんの声がする。
おひさしぶりです、
私は固い声でそう言ってから、
「あの…O野さんに何かありましたか?」
ばくばくする心臓を抑えながら、尋ねた。

O部さんと、O野さんの知人からメッセージがあって、
そのメッセージを合わせると、あの、なんか、その…。
まくしたてるように言ってから、私は口ごもる。
「…LINE、見ていない? 金曜に送ったんだけど」
電話口の向こうでO島さんが言う。
今日は火曜だ。

LINE?
そういえば…、と私は思い出す。
最近、タブレット端末の電池の消費が激しかったので、
ツーリングに備えて、ちょうど先週の木曜に、普段ほとんど使っていないLINEを常駐アプリから外していた。
「すみません、LINEの通知を先週から切っていて……あ、LINEを見ればいいんですかね??」

私があたふたしていると、
ふぅ、とO島さんが溜め息をついてから私に告げた。

先週の金曜にO野さんが亡くなったこと。
昨日、火葬が執り行われたこと。
明日、告別式が行われること。

意味がよくわからなかった。


え?なんで?
なんでですか?

そう尋ねる私に、
詳しいことは会社の誰もよくわかっておらず、
いきなり知らせだけ届いたのだと、
とりあえず明日の告別式に自分は出席する予定だと、
O島さんは言った。

「詳しい日程が送られてきたのが遅くて…。最後に顔を見れたら良かったんだけど」
既に火葬が済んでいることについて、残念そうな声で、O島さんが言った。

「今、旅先なんですけど、明日、何とかして向かうので、途中で拾ってもらえませんか?」
私はそう頼んで、
明日の朝、告別式の会場の最寄り駅で、O島さんの車に拾ってもらう約束を交わして、電話を切った。


O島さんとの電話を終えて、
私は路線検索アプリを開いて、電車を調べる。
心臓は、まだドクドク言っている。

待ち合わせは朝の10時だ。
新幹線を乗り継げば、長野から福島まで、そうかからないだろう。
と思っていたが、朝イチの新幹線でぎりぎりだった。
他にも何か経路はないだろうか…と調べていると。

『な? だから言っただろ? 遠いって』

あなたの笑いを含んだ声が聞こえた。


―――・・・


・・・・・あぁ、そういうことか。
私は合点した。

(意地悪。本当は昨日のうちにわかってたんでしょ?私がO島さんのLINEに気づいてないこと。
 だけど、そのセリフを言うために、放っておいたんでしょ?)

火葬は昨日だとO島さんは言っていた。
自由になったあなたは、きっと縁の人達の様子を見て回って、
ふと思いついて、私の様子も見に来たのだ。
そうしたら、私はO島さんからのLINEに気づくことなく、
長野に向けてツーリング中だ。

『相変わらず馬鹿だなぁ。せっかくO島さんがLINEくれてるのに』
そんな風に私の様子を笑って眺めるあなたの姿が、ありありと浮かぶ。

面白いから、しばらくこのままにしておこう、
と、にやにや笑って、そうして今日の夕方になって、O部さんとTさんに私に連絡を入れさせたのだ。

(そういうことでしょ?)
私は口を尖らせる。
あなたは、私の問いには答えず、
『本当に行くの? せっかく長野まで来たのに? 行っても俺、もういないよ?』
そう、意地悪に、にやにや聞いてくる。

行くよ。
だって、今頃あなたの告別式がやってるんだなぁ、なんて思いながら
ツーリングなんて楽しめないし、
それに、たぶん、行かなかったら、きっと私は受け容れられない。
きっと、どこかであなたは普通に暮らしているはずだと、
自分に都合のいいように自分を騙して、この先行ってしまう。
そんなのは嫌だ。

だから。

「受け容れるために行くよ」

口をへの字に結んで、私はあなたに言う。

そんな私に、
『さっすが、Satoさん』
いつもの尊敬半分、小馬鹿半分な調子であなたは言って、
そうして、あなたの気配は消えた。


翌朝――。

早朝にホテルを発って、新幹線を乗り継いで、
待ち合わせの駅に私は向かった。

だけど。

待ち合わせの10時に辿り着いたその場所は、
待ち合わせの駅から120km離れた同名の別の駅で、
私はO島さんと落ち合うことができず、呆然と立ち尽くした。

呆然とする私のすぐそばで、
あなたが腹を抱えて爆笑しているのが、ありありとわかった。

『…さっすが、Satoさん…最後まで笑かしてくれるぜ…』
ひぃひぃ苦しそうに笑いながら、あなたが言う。

『どうすんの? もう、間に合わないよ?』
笑いながら意地悪く尋ねてくる。

私は泣きそうになるのを、負けるもんか、と堪えながら、
「行くよ。ここまで来たんだもん」
口を引き結ぶ。

『さっすが、Satoさん』
尊敬半分、小馬鹿半分な調子であなたは言って。
そうして、
あなたの元へ集まる人達の元へと
あなたは向かっていった―――。


―――・・・


そこから、高速バスとタクシーを駆使して、
私は告別式の会場まで急いだ。

だけど、やっと会場に着いた時、式は既に終わった後で、
会場は人気なくガランとしていた。
後片付けをしている係の人を見つけて声をかけて、
焼香だけでもあげさせてもらえないかと頼んだけれど、
「もうご家族の方たちが、ご自宅へ全て持って帰られているので、どうぞご自宅の方へ」
笑顔でそう返された。

私はO島さんに電話を掛けて、
O野さんの家に連れて行ってもらえないかと頼んで、
会社の同僚たちを最寄り駅まで車で送った後のO島さんに迎えに来てもらった。


「服、どうするのかと思ったけど、その格好で来たんだね」
黒のスーツに黒のネクタイ姿のO島さんが、私を見て言った。
ツーリング先から直接来た私の格好は、革ジャンにジーンズ、スニーカーだ。

「形よりも大事なものがあるんです」
そう返す私に、
「君のそういうところは凄いよね。俺はできないなぁ…。でも、その格好だと、やっぱり浮いてたから、O野さんが気を遣って、駅を間違えさせてくれたのかもね」
そう言って、O島さんは車を走らせた。

もしも駅を間違ったことも彼の仕組んだことだとしたら、
間違いなく、ただの彼の意地悪です。
彼はそういう奴です。


式の案内に記載されていた住所だけを頼りに、私たちはあなたの家へ向かう。
建てられたばかりのあなたの家は、まだナビの地図には載っておらず、
このあたりだろうか…と、私とO島さんがきょろきょろしているところに、
ちょうど、一軒の家から、喪服姿の人達が出てくるのが見えた。

駐車場に車を停めて、私とO島さんがその家の前に立ったタイミングで、
今度は偶然、玄関から奥さんが出てきた。

しゃーねーなー、と笑いながら、
『ちょっと俺に会いに来た奴がいるから、迎えに出てやって』
そんな風に言う、あなたの姿が目に浮かぶ。

さんざん意地悪を言って、突き放すくせして、
最後はいつも、そうなのだ。


あなたの戒名には、あなたの名前の一字があった。

「O野さんの『優』は、優柔不断の『優』ですよね。だから、ぎりぎりまで仕様を決められない」
席を隣り合わせていた頃、そんな風にあなたをからかった。

「何言ってんの。俺の『優』はーーー」

知ってる。


 * * *


あなたがこだわりにこだわって建てたばかりの家で、
奥さんが色々なことを話してくれた。

あなたの最期は、
楽天的で計画性のないあなたらしいといえば、
あなたらしい。

「えー、マジでー--?」
自分があっちに行ってしまったことに気づいた瞬間、
なんだかそんな声を挙げていそうな、あなたが浮かぶ。


あなたが、新しい会社で、
お客さんから名指しで呼んでもらえるほど、信頼を得て働いていたのだという話を、
あなたの現在の部下から聞いたと言って、奥さんが教えてくれた。

お客さんと直接やり取りして働きたい、
というあなたの願いは、
あなたらしく、しっかりと叶えていたのだね。

よかった。


そして、奥さんからその話を聞いた時、思った。

奥さんの話だけでは、
「あなたはお客さんからの信頼厚く働いていた」
だけど、
そこに私があなたから聞いていた話を足すと、
「あなたが新しい場所で自分の希望を叶えた」
という話になるのだ。

そんな風に、あなたと関わった一人ずつの持つ、
一つずつの糸を絡め合わせていくと、
あなたの人生という織物ができあがるのだな、と。

私が今ここに、あなたの話を書いているのは、
これを読んでいるだろう元同僚たちが、
私の持つあなたにまつわる糸と、
彼らの持つあなたにまつわる糸を絡め合わせて、
彼らの中で、あなたの人生という織物を織りあげてくれたら、
と思っているからでもある。


私たちの会社のロゴが入ったノベルティのトートバックを持って、
あなたが新しい会社に堂々と毎日出勤していた、
なんてことも奥さんは話してくれた。

新築の家のベランダから花火大会の花火がよく見えるから、
夏には元同僚たちを呼んで花火を見ようと、
あなたが計画していたことも教えてくれた。

まぁ、たぶん、呼ぶのは年に一回、毎年ビール工場に飲みに行っていた古馴染みのあの顔ぶれ達で、
きっとそこに私はいないだろうな、なんて、
私は拗ねて聞いていたのだけど。


 * * *


後に、あの会社に在籍していても、
あなたの訃報が伝わらなかった人たちのいることを知った。

もう会社を辞めていて、O島さんからのLINEにも気づかなかった私の元へ
あなたの知らせが届いたのは、
やっぱり、あなたが呼んでくれたからなのでしょう。

そして、あなたが、あなたにとって特別でもなかった私を呼んでくれたのは、
あの日、私があなたを引き留めたからでしょう。

「Satoさんは俺のこと好きだから、仕方ないなぁ」
そう、にやにや笑いながら、
呼び寄せてくれたのでしょう。

私は人に夢見がちで、
8割くらいは一人相撲で、
あの夜も悔しい想いをしたけれど、
それでも、あなたを引き留めて、良かったな、と思う。


 * * *


あなたの霊前に、
甲子園ボールが飾られていた。

あなた自身は野球部ではなかったのに、
高校生の時に、自分の学校が甲子園に出場して全校応援に行ったことを、
まるで自分が出場したかのように誇らしげに話して、自宅に飾っていたのだと、
奥さんが話してくれた。

そのエピソードを聞いて、ふと、
私が会社を辞める時に、大阪事業所のS田さんからもらったメールを思い出した。
『O野さんから、Satoさんはすごい優秀な技術者だと聞いていたので、
 一緒に働く機会のなかったことが残念です』

大阪事業所でまで、あなたはそんなことを話していたのか、と
メールを読んだ時、苦笑した。

自分のことは棚に上げて、偉そうに上から目線で人を小馬鹿にするところが、
後輩女性たちから嫌われ、先輩や上司から呆れられるあなただったけれど、
自分が良いと思ったものは、良い、と、
てらいなく言う人でもあった。

あなたが、色々な人に、
「Satoさんの技術力は、すげーんだよ」
そう言ってくれていたことを私は知っている。
きっと、甲子園の話をする時と同じように、私のことも自分のことのように自慢げに話していたのだろう。

会社の課題をこういう風に解決していこうと考えているのだ、
そんな話を私がすると、
「へー、いいじゃん。Satoさんならできるよ。やりなよ」
にやにやしながら、いつもそう返してきた。
どこか突き放したような、偉そうなその言い方が、
決して、一緒にやろう、とは言ってくれないことが、
私は寂しくて腹立たしくて悔しかったけれど、
私なら何でもできるとも、あなたは本当に思っていたのだろう。


あなたは、
だから、同じ失敗を繰り返すのだと、私や周りにいくら言われても、
後ろを振り返らず、挑戦と前進することにしか興味のない人だった。

あなたの人生は、きっと、
挑戦と前進を繰り返しながら、あなたが佳いと思うものを獲得していくことを楽しむ、
そんな人生だったのでしょう。

そして、
あなたが人生の中で獲得した、たくさんの戦利品たちが並ぶ棚の片隅に、
私との出会いも、あなたが獲得した誇りの一つとして、
きっと、小さく飾ってくれているのでしょう。


あなたの人生を織りなす一糸に私がいて、
私の人生を織りなす一糸にあなたがいる。

出会えて、良かった。

たくさんの想い出を、ありがとう。


(つづく)


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