"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Winter-8

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2020年7月。
S津さんとのオンラインでの最後の1on1ミーティング。

全ての引継ぎ作業も終わり、
来週から年休消化して、あとは最終出社日に久しぶりにオフィスに出勤するだけだ。

何か他にある?
S津さんに最後、尋ねられて、
「これまで色々言ったりしてきましたけれど…」
そう前置きしてから、
これはきちんと伝えておこう、と考えてきていたことを私は話し始めた。

「私が今、一人でやっていく自信を持てているのは、
 S津さんが、『社内フリーランスにさせてくれ』という私のお願いを聞いてくれたおかげで、この2年間の中で、自分には上司や会社という枠組みがいらないということを、はっきりわかったり、
 評価をポイント制にしてくれ、という私の提案を受けて交渉に応じてくれたおかげで、自信がついたからだなと思います」

だから、つまり、何が言いたいかというと…

「ここから先に行けるのは、S津さんのおかげです。
 ありがとうございました」

画面の向こうのS津さんに笑いかけて、小さく頭を下げた。


S津さんは、少し驚いたような照れたような仕草を一瞬してから、
「まぁ…、お前も俺がそういうのを面白がって聞く人間だろうと見越して、アプローチしてきたんだと思うし…」

バレてたか。

「俺も色々、学ばされたよ。評価のこととか――
 自分が調和を乱されるのが嫌な人間だなんて、気づきたくないことにまで気づかされたり」

そう言って、苦笑してから、
例えは悪いかもしれないけど…、
と、S津さんは続けた。

「お前は小さな子供みたいに、『なんで?なんで?』って聞いてくるんだよな。他の人間だったら、そういうものかと思って納得するところを。
 だからこっちも、何でだろう?って考えなくちゃいけなくなって」

そう言って、笑った。
聞いて、私も笑う。

S津さんのこういうところが、憎めないのだ。

私たちは、
一緒にやっていきたい、と思ってもらえる関係にはなれなかった。
だけど、互いの人生の中のひと時の交わりの中で、
こうして、出会えたからこその何かを、互いに得ていくこと。
それが、かけがえのないことなのだ。


 * * *

8月。最終出社日。

多くの人が在宅勤務に切り替わって、
人もだいぶ少ないオフィスの中を、
私は挨拶して回った。


私の最終出社日であることを知って、出社してくれた人もいた。
私の退職を惜しんでくれた人達もいた。

だけど、
「上に談判して給料を見直してもらうように働きかけるから、どうか残って一緒にやってくれ」
そこまでの台詞を言う人はいなかった。


本当に欲しいものならば、
本当に手放したくないものならば、
なりふり構わず、必死に掴み取ればいいのだ。

「いてくれるといいのに」
そんな受け身の言葉では、
今の私を引き留めることはできない。

なんて、わがままで傲慢なんだ…
と笑われるだろうか? 呆れられるだろうか?

だけど、私をこんなにも
わがままに、傲慢に成長させてくれたのは、
この場所なのだ。


S高さんの席に行って少し話すと、
システムプロジェクトに関する小さな愚痴をS高さんがこぼした。
「S高さんが私に愚痴る権利はないですよ~」
私は笑いながら返した。S高さんは黙り込んだ。

最後、自席に戻って、ここまで作り上げてきたRシステムを眺めた。
本当に会心の作だなぁ、と思った。

社員たちから嫌われていたシステム。
その奥底にダイヤの原石を見出して、拾い上げて磨いてきた。
きらっきらっと、輝き始めたところだ。

これまでのたくさんの失敗と試行錯誤を経ながら
鍛え上げてきた己の力を注ぎこんだ、
私のこれまでのエンジニア人生の集大成といえるシステムだった。

素晴らしいシステムというものは、
単に技術力があればできるというものではない。
イデアそのものとの出会い、
一緒に作る人の組み合わせ、
そういったものが、とても大事なのだ。
これほどやりがいのあるシステムのアイデアの種に再び出会えるとしても、
それは10年後くらいかもしれない。

私と同レベル以上の、システムの構造設計スキルを持った社員は今のところ社内にいない。
まだ今の段階では、いくらでも、イケてないシステムのルートに行きうる。

だけど、私とS高さんが選んだのだ。

「技術の価値を理解していない人たちの元で、
 私がこれを仕上げていってはいけない」
その私の決意と、
「会社の人たちと一緒に作っていきたいんだ」
というS高さんの気づきが。

私からすれば、S高さんは全然考え抜けていないけれど、
だけど、それでも今回、彼なりに、
きちんと自分の気持ちに向き合ったのだろう。

それならば、この先の失敗も、
彼にとって価値ある失敗になるはずだ。

「会社の人たちと一緒に作っていきたい」
なぜ自分はそう思うのか。
"会社の人たち"とは、自分にとって一体何を指すのか。
その自分の願いを叶えるには、どうすればいいのか。
きちんと考えていくことだろう。


だから、ちゃんと手放そう。


最後、Rシステムのプロジェクトメンバー全員に宛てて、メールを送った。

この先の失敗も成功も、全部あなたたちのものだ、と。

システムは、誰それがこのシステムの原型を作った、なんて言われ続けたりする。
だけど、私の名前を残さなくていい。
だって、まだ、どっちにだって転びうることをわかっていて、
私は手放していくのだ。
だから、この先の失敗から学ぶことも、その先で手に入れられるかもしれない成功も、
全部、あなたたちのものだ。


彼らへのメールを送信して、
私は端末の電源を落として、6年間勤めた会社を、静かに去った。


ーーー・・・


会社を辞めて、もうすぐ2年経つけれど、
この会社の思い出は、
まだ私の中で十分な距離が取れておらず、
思い出せば容易く細かい愚痴に流れる。

それでも、
格好悪いエピソードばかりになるであろう、
この会社の話を今書こうと思ったのは、
この会社で、私はたくさんの”好き”と新たな”関心”を見つけていたような気が、どうしてもしたからだ。

ここから先、自分がどうしたいのか、どこへ行くのか、
それを過たず、見定めるためには、
この会社で過ごした時間の中で見つけたものを、
丁寧に拾い上げていくことが、今、どうしても必要なことのように予感したからだ。

そうして、6年間の想い出を、
ひとつずつ拾い上げていったらば、
やっぱり、たくさんの”好き”と”関心”に溢れていた。

この場所に来て、
私の中に散らばり潜んでいた、たくさんの”好き”が、
くっきりと輪郭を持つようになった。

自分たちの作るものへのこだわりが
それぞれの言葉で当たり前に語られて交わされる、この場所があの時間が私は好きだった。
この場所へ来たからこそ、
こだわりをもって、何かを作り上げていくことの価値を確信した。

そんな、"作る"ことの価値を、当たり前に信じている人達が多くいるこの場所だったからこそ、
前職で積み重ねてきた管理系のキャリアをばっさり捨てる決断ができた。

そうして、自分の”好き”に振り切って、
自分の力を磨き上げて、
大いなる自信を身につけたからこそ、
”好き”を貫いていくことが、大切なのだと確信を持てた。


だからこそ、悔しかったのだ。
私にとっての価値が何なのか、私に見出させてくれたこの場所が、
無力な振りをして、殻に閉じこもったまま、
ただ流れるままに任せて、
その価値を毀損していっていることが。

その価値を守るために、
私の力を必要としてくれなかったことが。

たくさんの"好き"があったからこそ。


だけど今、ここまでの物語を書き綴ってきて、
あなた達が私を本気で引き留めず、
ただ流れるままに任せていた、
本当の理由がわかったような気がする。

その答えは、ここまでの物語の中に、
ちゃんと記されているから、
もしもその答えに気がついて、
そしてもしもいつか、私の力が必要になる時があったらば、
なりふり構わず、私にアタックしに来てくれたら嬉しい。
たぶん、一筋縄じゃいかないけどね。


私は一足先に、飛び立っている。

誰かに評価してもらったり、
価値を認めてもらったりする必要などないのだ、と。

私には価値があるのだ、と
私が価値があると思うものには価値があるのだ、と。

そう堂々と言える自分になれたから。


だからこそ、
私が価値あると思うもののために、
価値ある私の時間を、力を、命を、使うのだ―――。

―― 第三章・完 ――


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