"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Autumn-6

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私が社内フリーランスとして活動していた、
2018、2019年。
会社は上場に向けて売上主義を加速させていた。

社内フリーランスとして精力的に活動しながらも、
その空気の中で、私は会社全体に対する、
くすぶりのような、イラつきのようなものを内に増していっていた。

 * * *

あまりNoを言わない印象の開発部執行役員のM谷さんが、
これはどうやっても無理だ、と突っぱねた案件が
結局社長に押し切られて、開発することが決まった、
と、1on1でS津さんが言った。

「開発部トップが無理って言っているものを、どうやって開発するんですか…?」
私は唖然と聞く。
「どうにかするんだろ」
S津さんが、投げやりな口調で答えた。


私はイラついた。
経営陣にはもちろん、
結局従ってしまう開発部にも。

 * * *

とにかく人を増やそう、ということで
中途社員が入ってくる。
彼らに、つぎはぎだらけのソースコードが押しつけられる。
頭を抱える彼らに、
「でも俺ら、それでやってきたし」
そうのたまう、古参社員。

私はまたイラつく。


即戦力を期待されて中途採用される社員の多くは、
SIer出身だ。

「地図のこと、わかってねぇよなぁ」
「ただ作ればいいってもんじゃねえよなぁ」
どこか蔑むように古参社員が言う。


自分たちのツケを押しつけていることに無自覚なまま、偉そうにしている彼らに、私はイラつく。
そして、また、
会社の空気が変わりゆくことに、
私も彼らと同じく、苛立ちを感じる。

 * * *

飲み会に行けば、
なんだかささくれ立った毒出し会。

そんな風にささくれるしかないことに、
またイラつく。

現状への不満をこぼす同僚たちに、
私のように自分の能力を発揮できるポジションに移れるように自分から働きかけてみたらどうか、
と言ってみれば、
「言ったもの勝ちはずるい」
「結局、我慢している人間が損するんだよね」
そんな言葉だけが返ってくる。


もしかしたら、自分はもう、
「辞めた時に後悔しないためにやりきるフェーズ」
に入っているのかもしれないな。

そんなことを思う。


だけど、
自分の手元にようやく引き寄せた、
念願のRシステム開発が、私をこの場所に繋ぎ留める。

 * * *

管理系の部署に、たくさん新しいマネージャーたちが
入ってくる。
彼らの持つ雰囲気は、完全にお堅い系の会社のそれだった。
マネージャーを含む社員たちが、Tシャツ、ジーンズのこの会社で、その人選は明らかに違うでしょ。

(あぁ、”きちんとした会社”になりたいのだな)

また、イラつく。

 * * *

「みんな、もっと意見を言ってくれればいいと思うんだよね」
年に1回の全社会の夜。
たまたま一緒に食事をしていた、新社長のSさんが言った。

ついこの間、新社長に突然任命されたSさんは、
私とそう年齢の違わない元営業マネージャーだ。

「私、いくらでも意見言いますよ?」
私が言うと、
「Satoさんは面倒くさいからいいや」
そう言って、Sさんは、自分の胸の内にある営業戦略を同期営業のK口さんに向けて楽しそうに話し出した。

ただの彼の軽口だ。
Sさんに何の悪気もないことなんて、わかってる。

だから、この時、私の胸の内で、
この会社を離れるカウントダウンが始まった予感がしただなんて、もしも彼が知ったら可哀そうだな、と思ってる。

『新社長が開発部社員の声を面倒くさいと言い、
 嬉々として営業戦略について語る』

Sさんがただの営業マネージャーだったら、ただの軽口だったのに、
ただ社長となっただけで、口から出る言葉が全く別の意味を持つ。

社長は大変だ。

 * * *

営業社員の高齢化対策として、営業に若手を入れよう、
ということで、
なぜか、新人研修で開発の成績が一番だった新人の男の子が、
営業職に配属された。

彼は開発部への異動を希望していたが、一年経っても開発部への異動は叶わず、
顧客先に同行した時に、彼の完全に限界な様子を見かねた開発部マネージャーのO島さんが、
「このままじゃ彼が辞めてしまうから開発部へ異動させてくれ」
と開発部執行役員のM谷さんに掛け合った。
それを受けて、M谷さんも、社長たちに掛け合った。
だけど、
「営業は最低2年やらければ身につかないのだから、そんなわがまま聞くべきじゃない」
と突っぱねられて終わった。

(それ、「開発から営業に行きたい」だったら、
 突っぱねたの?)

そう思って、またイラつく。

転職サイトには、開発部の中途社員募集のページが上がっていた。
なんで、開発の素養のある新人を営業に配属して、
中途社員の募集を掛けてるんだ。

(でも、新人の彼にとっては、
 この会社に中途半端に引き留められるよりも、
 これをバネにして、他の会社に行った方がいいかもね)

そう思ったけれど、
開発部のマネージャーが掛け合って、
開発部の役員が掛け合ったんだから、
あともう一人、お馬鹿な社員がピエロをやってもいいんじゃないかな、と思って、
私は『ジョブローテーション制度の提案』と題した、
くそみそ長ったらしい、想いの丈を詰まらせた投稿を
全社掲示板に上げた。

結果といえば、

「うまくいくといいわね」
「なんか反応あった?」
社員やマネージャーたちの、そんな受け身でどこか他人事な声が耳を通り過ぎ、

「この会社は社員の希望を聞いていると聞いてますが、
 具体的に何割くらいが希望を聞いてもらえていないのか挙げていただけないでしょうか?
 7割くらいは挙げていただけなければ、希望が通っていないとはいえませんね」
新しくやってきた人事部長から、
『詳しい話を聞かせてください』とメールが来たので行ってみたら、
そう、にっこり言われたくらいだった。

「新しく来た人事部長、当たりだよ。優秀だよ」
この間、一緒に食事した時に、そんなことを新社長のSさんは言ってたっけな。

『この投稿の件は、私が対応いたしますのでお任せください』
新しくやって来た会社で、はりきってポイントを上げようと、そんな風に胸を張って言う人事部長の姿と、
『おぉ。ありがとう、頼むよ』
"きちんとした会社"の人事部長って、きっとこういうものなんだな、
と新鮮な気持ちになりながら、そんな風に返していそうなSさんの顔が浮かぶ。


「なんでこれ、ノーリアクション・ノーコメントだったんでしょうね?」
だいぶ後になってから、あるビジネススクールで、私の書いた投稿文を見せて、ちょっと聞いてみた。
「そうね…。書いてることは悪くないと思うけど、もうちょっと優しいアプローチで行けば良かったかもね」
そんなコメントをもらって、私は気がついた。

(あぁ、そうか。
 私は、この提案を通したかったわけではなかったんだ)

だって私は知っている。
前職のES活動を通して、知っている。
「相手を動かすには、笑顔と元気で、相手を責めないように優しくアプローチすること」
そんな技、とっくに知っている。

だけど私は、そんな小技を使って、ジョブローテーション制度を導入したかったわけじゃないんだ。

私は聞きたかったんだ。
この会社のみんなの声を、望みを、意志を。
優しくソフトに守られなければ出せない声ではなく、
心の底からの声を、望みを、意志を。
それを聞かせてくれていたら、私は―――。


 * * *

そんな、たくさんのくすぶりを胸に抱えていた、
2019年7月中旬。

飲み会があったので、いつもより早めに上がろうと、
帰り支度をしている私の横をS津さんが通りかかり、
「あ。この間の成果評価の結果なんだけど、
 お前の給料上がらないと思ってたんだけど、少し上がったみたい。良かったな。
 詳しいフィードバックは今度の1on1でするな」
そう言って、去って行った。

私は、
(え……?)
と戸惑いながら、先日の成果評価面談を思い出した。

――・・・

「今期の評価は4だ。これは俺の評価としては、良い評価だ」
そうS津さんは言った。

4という数字の妥当性は、私にはわからなかった。
なにせ、少し前にS高さんが、
「今期、評価制度が変わったんだけど、
 1が上なの?7が上なの?って、N草さんと話しているくらいで、
 どう評価つければいいか、わかんねーんだよな」
そんなことを笑いながら話していたくらいなのだ。

(まぁこの後、マネージャー達で調整会議して、評価を馴らすんだろうな)
私はそう思って、
その場では、はい、そうですか、と頷いて終わった。

――・・・

良い評価だ、とS津さんは言っていた。
だけど、「給料は上がらないと思っていた」というのは、どういうことだ?

メンバークラスとして中途採用された私は、その後、リーダークラスに昇級して、
現在はリーダークラスの下の方にいる。
高止まりするのは、まだまだ先だ。

私は、ざわり、と嫌な予感を感じて、
だけどもう会社を出なければいけない刻限だったので、
S津さんにメッセンジャーを1つだけ送って、会社を後にした。

『今度のフィードバックの時に、私よりも評価の高かった社員の名前を全員教えてください』


(つづく)

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