"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Autumn-2

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私が入社する少し前から、会社は上場を目指していた。
社長のMさんが語る上場理由は
「"きちんとした会社"になりたいから」だった。
ばくっとした理由に、私は首を傾げた。

だけど結局、証券会社に上場を断られた。

それでも諦めきれないMさんは、
2018年、ファンドに会社を上場してくれるよう頼んで
会社を売った。

その年の全社会でファンドの人たちが
自己紹介や色々な説明をした。
善良そうな人達ではあるな、と思った。

質問が受け付けられたので、私は、
「"きちんとした会社"になるのに、上場しなくちゃいけないんですか?
 上場しなくても、"きちんとした会社"になれませんか?」
そう聞いてみた。
ちょっと困った顔をしつつも彼らは彼らなりの答えを返してくれたように思うが、
どれひとつ回答を覚えていないので、
たぶん、私の心に届く、考え抜かれた回答はなかったのではないかな、と思う。

私が会社を辞めた後の会社の成り行きを見ると、
まぁ、やっぱり、善良な人達ではあったのかな、とは思っている。


会社には持ち株制度があった。
入社時にその説明を受けた時には、
社員による自治的な印象を受けて、
素敵だな、良いな、と思って申し込んだ。

ファンドへの会社譲渡の際、
それらの株は買い上げられ、
結構な額を得た人もいたらしい。
私も給料一月分くらいの額を手にした。

誰々がいくら儲けたらしいぜ、と楽しそうに話している人たちの姿に、
私は少しだけ気持ちがザラつく。


ファンドへ経営権が移った後、
新たな社内株が発行され、
3年後に会社が上場されたら利益が出ますよ、
という触れ込みで募集がなされた。

私は買わなかった。

 * * *

上場に向けて、売上主義が加速した。

「社員を常駐させない」という、これまでの方針を曲げて、
会社は大型顧客の常駐案件に社員を投入した。

マネージャーのO島さんは、ぎりぎりまでリスクを挙げて反対していたが、
結局押し切られるような形でプロジェクトは開始した。

その案件で社員が3人辞めた。約10名のプロジェクトのうちの3名だ。
そのうちの2人は、社歴10年以上のベテラン社員で、
うち1人はプロジェクトリーダーだった。

マネージャーのO島さんの采配を疑う声も上がった。
私も、新規プロダクト開発の時のことがあるので、
O島さんがメンバーに過剰な要求を突き付けたんじゃなかろうか、
と実は少し思ったけれど、
社歴の長い社員たちならば、いくらでも相談できる相手がいたはずだ。

プロジェクトリーダーだったM本さんと、
彼女の最終出社日、2人で飲んだ。
「もちろん、O島さんとも色々あったけど、
 でも、O島さんは何のかんのいって、プロジェクトをやっているわけだからさ…偉いなと思う」
M本さんはそう言った。そして、
「会社はさ、私たちのこと、どうでもいいんだなって…」
疲れた、寂しげな声でそう言った。

「そんなことないです。私も、他の人達も、ずっと気にかけてました」
私は、そう言ったけれど、M本さんは寂しげに笑っただけだった。

実際、案件のメンバー達を心配して、何度か、
開発部役員のM谷さんと、チーフマネージャーのS津さんが状況確認に行ったり、
本社にプロジェクトメンバーが顔を出した時には、社員たちは状況を心配して色々尋ねていた。


だけど今、これを書きながら、
あの時のM本さんの言葉の意味がわかったような気がする。

そういう陣中見舞いに行ったり、心配の声を掛けたり、
そういうことをすればいいってことではなかったのだ。

売上の道具にされたように感じたのだ。
きっと。

その案件は、これまでこの会社がやってきていた、
コンパクトなものづくりメインの開発ではなく、
他社との調整作業の比率が高い、典型的なSIer案件だった。
SIer案件が一概に悪いわけではない。私だって元SIerだ。
だけど、この会社には合わないのだ。
ものを作る楽しさを知っている社員たちの会社には。

M本さんは大きな案件のリーダーとして、
当初はモチベーション高く臨んでいた、と聞く。
だけど、勝手が全く異なり、
楽しさを感じられないプロジェクトに日々忙殺されていくうちに、
きっとどこかで、ふつり、と途絶えてしまったのだろう。

そんなところへ、
「会社の売上のために、なんとかやり遂げてくれ」
そんなメッセージの透けて見える陣中見舞いをしたところで、
彼女の心を労りなどしなかったのだ。

社員の気質、強みを無視して
顧客のネームバリューや金額だけで仕事を選んで、社員を投入して、
社員が疲弊していっても、ただ売上のために頑張ってくれ、と言い続けるだけならば、
それはもう完全に、社員は売上の道具だ。

そう扱われたと一度感じてしまったならば、
たとえ現在のプロジェクトが一段落ついたところで、
もうこれ以上、この会社で働き続ける気持ちになど、なれないだろう。


2018年冬。
そんなベテラン社員たちの退職を経て、なお、
会社は針路を変えることなく、
上場に向けて、売上主義を加速させていくのだった。


(つづく)

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