前回→"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Summer-4 - Sato’s Diary
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この会社に来た私は、
入社早々から、たくさんの"好き"を見つけた。
そして、それらの"好き"が、どのような経緯で成り立っているのか、
私は"関心"を抱いた。
そうして、入社して3年が経ったこの頃には、
その"好き"の成り立ちの背景と共に、
その"好き"が持つ陰の部分も、だいぶ見えてきていた。
* * *
この会社は、技術に関して、ひとつ大きな問題を抱えていた。
一人の優秀なプログラマーに依存していたのだ。
ある日、会長が連れてきたという一人のプログラマーが、
会社のプロダクトの重要な部分を一任されており、
会社は彼を天才プログラマーとして、手厚くもてなしていた。
彼の機嫌を損ねると、機能をまるっと削除されるようなこともあるらしく、
それもあってか、とにかく彼の機嫌を損ねないようにと、
腫れ物を扱うかのような厳重サポート体制が組まれていた。
彼と直接やり取りすることの多かった技術部のT田さんの話だと、
彼の言っていることは、それなりに筋が通っているとのことだったので、
「お前ら、システムの設計思想を壊す、くだらない要望をぐだぐだと出してるんじゃねーよ!」
とブチ切れて、機能削除したのかもしれない。
まぁ、それなら気持ちはわからなくもない。強制削除はやり過ぎだけど。
私自身は彼と直接関わることはなかったが、
私がリーダーを務めていた新規プロダクト開発で
彼が新規開発した部品を使っていて、
ある時、Aの挙動が正しいように思えるところがBの挙動をするようになっていたため、担当者を介して質問のメールを出したことがある。
彼からは、こんな感じの返事が来た。
「現在はこういう理由でBになっているけど、Aもいいね。要望を出してくれたら対応するよ!」
Bになっている理由を私は、じーーーっくり読んだ。
ただの不具合だった。
何が「要望を出してくれたら対応する」だ。とっとと修正せい!
でも別に、彼が格別に悪いとは思ってない。
私だって、彼みたいに崇め奉られたら、
同じような振る舞いをしてしまうかもしれない。
悪いのは会社の姿勢だ。
そして、
作れば作るほど技術力は上がり、
作らなければ作らないほど、技術力は落ちていく。
彼に重要な部分を一任して、
他の開発者たちが彼のフォローに回る体制は、
その彼のスキルをより上げて、
他の開発者たちのスキルを下げていく。
技術の空洞化を招くだけだった。
それに、
天才プログラマーなんて、ただの素人の幻想だ。
システム開発を支える技術は膨大にあり、
全てに対して突き抜けるには人生の時間が足りない。
彼が総合的に優秀なのは間違いなかったが、
決して万能などではなかった。
彼よりも私の方が得意領域だろうな、と思えるところはちゃんとあったし、
彼の得意領域に追いつける素養のある人材も、ちゃんと社内にいた。
だけど、社長のMさんは、
勝手にモノを作るな。
作るなら、天才プログラマーのつくったモノを利用したものだけにしろ。
その一点張りだったーー。
* * *
私が入社した時点で、会社は既にこういう状況に陥っていたのだが、
なぜ、こんなことになったのか。
その背景も、徐々に見えてきた。
この会社に入社した時、私は社員の技術スキルの高さに驚いた。
前職のSIerでは、多くの社員がプログラミングに触れるのは新人時代のみで、
その後は管理メインに移行するので、
技術的問題が起こった時に自身の手で解決できる社員は少なかった。
対して、この会社では、どの社員も実際に手を動かして
システムの問題解決にあたることができるし、
わからないことがあって聞きにいけば、彼ら自身の言葉で具体的に教えてくれた。
年に数回、開発者たちが技術ネタを発表するテクニカルミーティングも開催されており、技術に対する感度の高さにも感動した。
しかし、技術系に転向して、プログラミングする時間の増えて来た私は、
この会社の多くの社員たちの技術スキルが、
彼らがプログラミングに携わっている時間の多さの割には、
どうもそこまで高くないことに気づいた。
技術系に転向してから1年ほどで、私の技術スキルは、
あっというまに、開発部のほとんどの社員を追い抜いた。
なぜかというと、彼らの技術スキルは、基礎が不十分だったのだ。
基礎的なスキルはおざなりで、
目先の問題解決と、
新しい技術や性能速度などの、
ぱっと見にわかりやすい分野の技術の、
さらにその表面的な部分をさらっとさらうことに偏っていた。
そしてそれを招いたのは、
目先の問題解決を優先せざるを得ない忙しさと、
時間があれば楽しいことに流れやすい彼らの性格も存分にあるけれど、
この会社の営業の強さゆえでもあった。
技術の基礎というのは、ぱっと見にわからない、とても地味なところなのだが、
営業の強いこの会社では、ぱっと見にわからないところは、
受けないのだ。評価されないのだ。
なんたって、テクニカルミーティングで、
私が新規プロダクト開発プロジェクトで設計した、
システムの構造設計という、エンジニアにしかわからない題材で話した時には、
社長から「新規プロダクトの魅力が伝わらなかった」という
コメントをもらったくらいだ。
(自薦で好きな技術の話をするテクニカルミーティングで、
自分の好きな技術の話をして何が悪いんだっちゅー話でもある)
そうしてその結果、家に例えるなら、
最新式のキッチンですよ、
フィンランドから取り寄せた木材の床ですよ、
みたいなところはしっかりしているのだけど、
直接目に見えない家の土台や骨組みはボロボロのガタガタという状況になる。
そして骨組みがボロボロな家は、ちょっと風が吹けば壊れる。
問題が起こる。
営業出身の社長のMさんは、技術のことはさっぱりわからないけれど、
情報収集は得意な人で、
この会社の開発者たちの技術力がどうやら低く、
それが問題の原因らしいことを突き止める。
『なんでお前ら、あの彼のように、ちゃんと作れないんだ!』
『いやいや、無理です』
『もういい。お前らはモノを作るな、あの天才プログラマーだけに任せろ』
そんな流れである。
* * *
私が"好き"を感じた、
「顧客に訴求する、自分たちならではのモノを作ろうぜ」
という、この会社のものづくりの雰囲気は、
間違いなく営業の強さと関係があった。
だけど、それはまた、こんな負の側面も引き起こしていたのだった。
(つづく)