"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Winter-4

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これ以上、技術の価値を理解していない経営陣の元で、
自分の力を使ってはいけない、と
Rシステムが巣立つのを見届けることなく退職することを決めた私だったが、
最後の最後まで気持ちは揺らいでいた。

Rシステムをやり遂げていきたい。
その想いを捨てきることがどうしてもできなかった。

この会社には、
私と同等以上のシステムの構造設計スキルを持つ技術者は
現時点でいなかった。
今の時点で私が離れれば、
再び、「目先の案件だけ乗り切れればいいや」な対応の繰り返しによって、
他の数多のシステムと同じように、つぎはぎだらけのシステムになっていってしまう可能性が濃厚だった。
自分が可能性を見出して手掛けて来た、集大成のシステムが、
そうなってしまうのがわかっていて離れることはしたくない。

Rシステムは間違いなく社会の役に立つシステムだ。
そのシステムが羽ばたいていけるようにすることは、
価値あることだ。

技術を理解していない経営陣たちの元であっても、
それならば、仕上げていってもいいのではないか?


迷いに迷った。悩みに悩んだ。

だけど、自分自身にどれだけ問いかけても、
「これ以上、この会社に自分の力を注ぐこと、この会社を応援することはできない」
その答えは変わらなかった。

そうして、
迷いに迷い、
考えに考えた私は、
最後に1つの交渉をすることにした。

 * * *

この会社は、
多くの小さな案件を分担して回しているからか、
各マネージャーやリーダーたちが独立した商店を構えているような雰囲気のところがあった。
経営陣や営業に案件を押しきられる開発部ではあったけれど、
個人の裁量でうまく回していく、そんなところがあり、
RシステムのプロダクトオーナーであるS高さんは、
特にそれがうまい人でもあった。

Rシステムの大刷新は、
S高さんの長年の悲願と、私が見出した可能性によって始まったものだった。
そしてS高さんは私の技術力を十分に理解しているし、
色々な人達で意見を言い合いながら、モノを作っていくことの楽しさや価値を理解している人だった。

商店会長である会社に対して、私は私の力を使うことはこれ以上できない。
けれど、その中の一商店であるS高さん相手にならば、
私は私の力を貸してもいいかもしれない。

たとえRシステムによって、商店会長にお金が流れるのだとしても、
この先、Rシステムを武器にして、S高さんがこの商店街でのしあがって、モノ作りに価値を置く会社にするぜ、
というなら、そこに手を貸すことは、私は私に許すことができるかもしれない。

S高さんに、Rシステムを何としても成功させる、という意志と、
技術に対する敬意があるならば、
私は最後、彼に力を貸していこう。


それが、
Rシステムをどうしてもやり遂げていきたい、という想いと、
これ以上、この会社を応援することはできない、
という気持ちの狭間で揺れ続けた私が見つけ出した、
自分の気持ちを両立させる唯一の道だった。

 * * *

「Rシステムは、今の時点で私がいなくなると厳しいのはわかっていますが、
 どうしてもこれ以上、この会社に自分の力を注ぐことはできないので、
 8月をもって退職します。
 ただ、Rシステムをやり遂げていきたい、という想いもあるので1つ提案です」

2020年4月。
コロナで在宅勤務に切り替わった私は、
S津さんとS高さんとのオンライン越しのミーティングの場で、
そう切り出した。

「私はこれから転職活動をして、副業可能な会社に転職しようと考えています」
この一年間、色々と社外のテクニカル系イベントや、
ビジネススクールなどに通って、これからの自分の道を探っていく中で、
自分が、思想というものを既に持ってしまっているということと、
思想が完全に一致する会社に出会うことは難しいのだということがわかってきた。

自分の思想を実現したいなら、自分で実現するのが確実だ。
そして、副業可能な会社に身を置きながら、
副業として自分の思想を実現していくのがリスクの低いやり方だ。

「だけどもしもS高さんが私の交渉条件に応じてくれるのならば、
 私はひとまず個人事業主になって、S高さんと契約を結んで、Rシステムを私がいなくなっても大丈夫な状態にするところまで、やり遂げていきます。
 そして、Rシステムをやり遂げてから、副業可能な会社に転職することにします」

そう言って、金額や待遇面などの条件を書き連ねたスライドを見せた。

金額はちょっと高めに設定していたが、
現在、開発部で雇用している派遣さんのスキルと外注費を、私のスキルと比較すれば、
別にそこまでおかしい金額でもない。

口には出さなかったけれど、金額については交渉に応じる心づもりだった。
私は、S高さんが技術に対してきちんと敬意を払うかどうか知りたいだけなのだ。
S高さんが諸々の金額を算出して、「どうかこれくらいで…」と交渉してくるならば、応じるつもりだった。

「考える時間が必要だと思いますので、検討してGW明けに返事をください」
現在は4月中旬だ。
3週間あれば、色々考えることもできるだろう。

私のスライドをじっと見ていたS高さんが、わかったと頷き、
興味深げに見ていたS津さんが、
「なにか相談が必要だったら乗るから、言ってくれ」
とS高さんに声をかけて、ミーティングは終わった。


(五分五分かな…)

ミーティングを終えた私は、ベランダに出て、外の空気を浴びながら思った。

Rシステムは、やり遂げていきたい。
だけど、S高さんが考え抜いて、誠実に出してきた答えならば、
YesでもNoでも、どちらでも受け容れよう。

そう思った。

 * * *

そうして、3週間後。
再び、S津さん、S高さん、私の3人でオンラインミーティングの場が設けられた。

「ごめん。この話は受けられない」
そうS高さんは言った。

「あなたの提案を受けて、俺、考えて…。こんなに考えたの初めてなんだけど…。
 そしたら、自分の中に、自分は会社の人達とやっていきたいんだっていう気持ちがあることに気がついて」

それが自分にとって譲れないものなのだということに今回気づいたと、
自分の中に見つけた気持ちの存在について、
少しはにかむようにしながら、S高さんは語った。

私は、口をきゅっと結ぶ。

S高さんの言わんとすることは、わかる。

社員でわいわいと集まって、
どうやったら顧客に訴求できるか、
どうやったら自分たちらしさを出せるか、
あーでもない、こーでもない、と意見を交わし合いながら作り上げていくこと。

それが彼にとって大事だということなのだろう。

社外の優秀な人を雇って仕上げるのは違う。
そういうことなのだろう。

わかる。
だけど。

「私抜きで、どうやってRシステムを仕上げていく計画ですか?」
私は尋ねた。

「それはまだ…これから考える」
3週間もあげたのに、ノープランかよ。
NoはNoでも、私が考え抜いたのと同じだけ考え抜いたNoを持ってきて欲しかった。

「とりあえず、人員を投入して…」
S高さんが言う。
まだ、そんなことを言っているのか。

「単純に人を投入すればいいんじゃないですよ。ちゃんとスキルが必要なんですよ。
 スキルがなければ、汚くなっていくだけですよ」
私はイラっとしながら言う。
「…わかってる」

YesでもNoでも受け容れる。
そう決めていた。
だけど。

「私……本当に考えたんですよ!Rシステムのために!!」
声を張り上げずにはいられなかった。

「…わかってる」
S高さんは、ただ私の声を受け止めた。

そうして、ミーティングは終わり、
S高さんは退出した。

 * * *

S高さんが退出した後、私とS津さんは定例の1on1を続けた。

1on1の途中、
「今日、これから中途採用の面接なんだよね。
 開発部、人が足りなくて、今、たくさん採用面接してるんだけどさ」
S津さんが雑談ついでにそう言った。

「……なんでなんですか?」
私の口から、思わず言葉がついて出た。

え?とS津さんが聞き返す。

「……なんで、私を引き留めないんですか?
 スキルの未知数な人を雇うよりも、今、目の前にいる確実に優秀だとわかっている社員を引き留める方が確実でしょ? なんで引き留めないんですか?
 『給料を上げるように上に掛け合うから、どうか残ってくれ』って、どうして言わないんですか!?
 どうして私を引き留めないんですか!!」

言わずにいられなかった。


(つづく)


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