"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Autumn-4

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2019年、春。
開発部の案件手伝いや、
共通ライブラリのリリースが一区切りついた私は、
あるひとつのプロダクトの大刷新に着手することにした。


この会社は、さまざまな情報を地図上に載せて表現する地理情報システムというものをメインに扱っており、
建築学科や地理学科の出身者、
地図システムに興味があって入社した社員が多かった。

私自身は、この会社に入るまで、地理情報システムというものを知らず、
会社の求人説明に書かれていた"地理情報システム"の文言にも特に興味関心は抱かず、
この会社に入ったのは、単に、
「社員数がそれほど多くなく、全体が見渡せる規模のシステムを自社開発している会社」
という条件に合致したからだったのだが、
入社して地理情報システムに触れてみて、
これはとても面白いな、と思った。

さまざまな情報を地図上に載せて表現する地理情報システムは、
広い括りで言うと、
データビジュアライゼーションシステムというものに含まれるのだが、
これは、
"人がたくさんの情報を元に物事を判断するのを助けるシステム"
だった。

検索サイトなどのように、
システムが答えを導き出して提示するのではなく、
システムはあくまで、たくさんの情報を人にわかりやすい形で画面上に映し出すだけで、
それを見た人間が、色々なことに気がついて、様々な事柄を判断するのだ。


私は大学4年の時に、ロボットの研究室に在籍していた。
そこで学ぶのは「人間は、いかにすごい生き物か」ということだった。
人間が普段何気なくやっているひとつひとつの行動を
ロボットがやるとしたら、どうすればいいのだろう?
ということを考えていくうちに、
「人間って何てすごい生き物なんだろう!」
と気づくのだ。

だから、社会人になって少しした頃に、同期の一人が、
「今日、システムを納めて説明してきたら、『これで私たちの仕事、なくなっちゃうんですね』って言われてさ…」
そう、肩を落として言うのを聞いた時、
すごく歯痒かったのを覚えている。

私たちの仕事は、人間が人間だからこそできることに注力するために、
機械でできることは機械でできるようにしていくのだ。
人から仕事を奪うわけではないはずなのだ。


だから、この会社に入って、
データビジュアライゼーションシステムに出会った時、
「何て素敵で可能性のあるものだろう」
そう思って嬉しくなった。

データビジュアライゼーションシステムは、
人の能力を引き出すシステムなのだ。

 * * *

「この人とこの人が繋がっているかもしれない、という可能性が、
 間違っていてもいいから、可能性だけでもわかればいいんですよね…」
ある仕事で、お客さんと雑談していた時に、
お客さんがそう言った。

過疎化問題を抱える地方の銀行のお客さんだった。

単純に融資を取り付けるというのでは、もう駄目で、
地域全体を活性化させていくにはどうすればいいかを考えないといけない。
そのために、誰と誰が繋がっているか、可能性だけでもわかれば、役に立つはずなのだけど…。
そういう話だった。

「それだと、うちだとRシステムですかね?」
「うーん、あれは別の業界に特化したものだからなぁ…」
その場に一緒にいた、営業のH尾さんとマネージャーのO島さんがそんな言葉を交わすのを私は横で聞いていた。

同じ部署の同僚たちがRシステムの案件をやっていたので
そのシステムの名前を知ってはいたけれど、
実際にどういうものなのか、その頃の私は全くわからなかった。

けれど、「人が活きること」に興味関心のある私にとって、
地方の過疎化問題も興味関心の対象であり、
この時、Rシステムに対する関心を、密かに芽生えさせていた。


その後、S高さんの部下になった時に、
私はRシステムに触れる機会を得た。

それは、10年ほど前に初期開発されたシステムだった。
「地理情報システムをやってるなら、こういうものも作れない?」
と、顧客に言われたのがきっかけで作られたという、
データビジュアライゼーションシステムの一種だった。

この会社のご多分に漏れず、えいや、で初期開発が行われ、
その後も、目先の案件だけ乗り切れればいいや、と、つぎはぎの改修が繰り返されてきたため、
保守性が悪く、行き詰まった感のあるシステムだった。

採用している技術も開発当初の古い技術のままで、
地図システムでもなかったそのシステムは、
地図システムをやりたくて入社した開発部の社員たちからは嫌われ、
地図と関係ないものを勝手に作りやがって…と、社長からも眉をひそめられる存在とのことだった。

だけどこのシステムに触れてみた私は、
「これは面白い!」
と思った。
色々と問題はあるけれど、
根底にある思想が、とても良かったのだ。

「このシステム、すごく面白いですね。
 設計を見直してソースコードを綺麗にすれば、色々な分野の案件で活用できるようになりますよ。とても可能性のあるシステムですよ」
私は、RシステムのプロダクトオーナーであるS高さんに目を輝かせながら言った。

「お?Rシステムの面白さ、わかった?
 そうなんだよ、これ絶対面白いんだよ。
 色々やりたいことあるんだけど、みんな地図システムがいいって言って、やってくれないんだよな」
そうS高さんが言った。

「私、やりますよ。これ、絶対面白いですよ」

地図システムは、いまやレッドオーシャン化しているし、
この会社内では地図システムは、天才プログラマー依存問題も含めて、色々としがらみが多過ぎて、やりづらい。
それに対して、このRシステムは、世の中に類似システムはほとんどないし、会社のしがらみからも離れて自由にのびのびと開発ができる。
さまざまな分野で活用できる汎用的なシステムにすることができれば、
地方の過疎化問題にも役立てられる可能性もあるし、
他にも、色々と潜在的なニーズを見つけられるかもしれない――。

そんな会話をS高さんと交わしていたのだが、
S高さんの部下であった間は、目先の案件対応に追われて、
いつまでたっても根本的な改修に着手できないままだった。

だから、このRシステムの大刷新は、
社内フリーランスとなってやりたいと願っていたことの一つだった。

 * * *

抱えていた案件が落ち着いて、
Rシステムの大刷新に着手できる状態となった私は、
そろそろやりましょうよ、とS高さんに声を掛けに行った。

が、
「うーん、でも今、他の案件で忙しいからなぁ…」
S高さんの反応はイマイチだった。
「S高さんが忙しくても、設計や実装は私がやるんだから大丈夫ですよ。できますよ」
そう言うも、うーん…という反応だった。

なんだよ、あれだけ色々やりたいって言っていたくせに。
あなたも技術部と同じで、
「同じ部署でないなら、あまり乗り気にならない」クチかよ。
それとも私が勝手に異動したのを根に持っての意地悪か?

私は、もーんとする。
さすがに勝手に作り替えるわけにはいかない。

だけど、これは本当に可能性のあるシステムなのだ。

諦めきれない私は、
(……よしっ、賛同者を募って開発に着手できるようにしよう!)
そう思い立ち、せこせことパワーポイントを書き始めた。

Rシステムが、いかにダイヤの原石かということや、
こういうプロセスで進めていけば、
開発案件と絡めながら、少しずつリニューアルしていける…、
てなことを、図を交えながら、せっせと書いていった。

誰宛てにプレゼンするかは、まだ考えていなかったが、
とりあえず、このパワーポイントを使って、誰かを釣ろう。

そう思いながら、パワーポイントを夢中で書いていると、
「なに、書いてんだ?」
後ろからS高さんの声がした。

振り返ると、私の席の後ろにあるゴミ箱に
ゴミを捨てに来た様子のS高さんが立っていた。

「いや、テクニカルミーティングの時期でもないのに、
 ずーっとパワポを書いてるから何をやってるのかと思って」
ゴミを捨てながら私の方に顔を向けてS高さんが言う。

社内フリーランスになって、
フロア中央のゴミ箱近くの席になった私の席は、
人がよく通りかかり、やっていることは丸見えだ。

まぁいいか、と思いながら、
「Rシステムのリニューアル計画案を…」
画面を指さして私が答えると、
へーっとS高さんが興味津々で覗き込んできたので、
私は書いてあることを説明していった。

まぁ、今までもずっと彼に話してきた内容だ。

ところが、私がスライドを説明していくうちに、
「そうそう、そうなんだよ!」
S高さんが、どんどん食いついてきて、最後、
「いいじゃねーか、よし、やろう!」
いきなり乗り気になった。

……あれ?
同じことを、口頭でずっと言っていたつもりだったのだけど??

どうやら、私がこれまで話していたRシステムのリニューアル計画のイメージが、S高さんにうまく伝わっていなかったらしい。
私は口頭で説明するよりも、図を使って説明する方が相手に伝わるようだ。


かくして、2019年春。
乗り気じゃないS高さんを諦めて、他の誰かを釣るつもりで書いていたパワポで、
思わずS高さんが釣れた私は、
念願のRシステムのリニューアル開発に着手することとなった。


(つづく)

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