"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Winter-5

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「なんで引き留めないんですか?
 『給料を上げるように上に掛け合うから、どうか残ってくれ』って、どうして言わないんですか!?
 どうして私を引き留めないんですか!!」

私はS津さんに向けて、声を張り上げた。

私が欲しいのは、お金じゃない。
彼らの意志だ。誠意だ。

『会社の人たちと一緒にやりたい』

だったら、どうして、
「だからどうかこの会社に残ってくれ。一緒にやってくれ」
そう言わないのか。

私は、あなた達が、
この会社の開発を何とかしていきたい、だから一緒にやっていってくれ、と
あなた達の精一杯の誠意で私を引き留めてくれたら、残るのだ。
あなた達のために、いくらでも私の力を使うのだ。

なのに、どうして、それをしないのか。

私はここまでで、周りを納得させるに充分な成果を出している。
今期の最高評価7は、ほぼ確定だ。
去年のように一度確定した評価を覆すのは難しくても、
「ちょっと、あいつのランクと実力が合ってないから、飛び級させたいんだけど…」
S津さんなら、そう言うくらい、
やろうと思えば、うまく出来るだろう。

なのに、どうして、それをしようとしないのか。


「会社の課題をどうしていくつもりですか?」
そう言って、私は会社の中に散らばる課題をあれこれ挙げていった。

「私の中には、これらの課題を解決していくアイデアがいくらでもある。
 S津さんは、これらの課題をどうしていくつもりですか?」
私は、ひたすら詰め寄る。
チーフマネージャーとして、どう考えているんですか!?」

その時。

「俺はお前と、会社をどうしていこうとか、そういう話をしたくないんだよ!」

S津さんが叫んだ。
叫んでから、口を滑らしたことに気づいた様子になって、はっと口をつぐむ。

―――・・・

S津さんの口から思わず吐いて出た言葉に、
私は呆然とした。

会社の話以外に、私とS津さんがいったい何の話をするというのだ。
愛でも語り合うのか?

この2年間、この1on1で、私はずっと会社のことを話してきたのだ。
自分のアイデアとか、
会社の中で見つけたネタとか、
どこかで拾ってきた会社の課題を解決することに繋がるんじゃないかと思うネタとか、
そういったものをずっとS津さんに話し続けてきたのだ。

S津さんは、いつも私の話を興味深そうに聞いたり、
コメントをくれたりした。

だけど。
決して、じゃあ一緒にこういうことしてみようか、ということにはならなかった。
なぜだろう? ずっと、私は思っていた。

―――・・・

「なぜですか?」
静かに、私は尋ねた。

「なぜ、私と会社の話をしたくないんですか?」

「ごめん…うまく言語化できない…」
画面の向こうで、狼狽したようにS津さんが言う。

「じゃあ、誰となら会社の話をできるんですか?」
問いを変えてみた。

「K岩とか……じゃ、お前の求める答えにはなってないよな」
それはそうだ。
技術部のマネージャーのK岩さんとS津さんは年齢が近く、若い頃から仲の良い関係だ。
そういうお友達関係以外で、だ。

S津さんは少し考えてから、言った。
「たとえば、S高とか…」

S高さんは私と一つ違いだ。
そしてS高さんとS津さんは、決して仲は良くない。
お互いに、どこか探り合っているような関係で、信頼しあっているとは言えない間柄だ。

「新卒生え抜きの社員ってことですか?」
2人を結びつける要素として思い当たるものを挙げた。

「いや…そういうわけでもない…。中途の社員でも話せる人はいるな…」
他の社員たちの顔を思い巡らすような表情をしながら、S津さんは言った。

「じゃあ、どういう人たちなんですか。S津さんが会社のことを話せるのは?」

「もしかして…と思うことはあるけど…いや、でも…ちょっと、やっぱり言語化できない」
そう言ってから、
「もう、いいじゃないか。別に俺個人がどうでも、他の人は違うだろうし、
 相性は人それぞれなんだから、そんなに気にしなくても。な?」
S津さんは、私をなだめるように言った。

だけど私は食い下がった。
「お願いです。言語化してください。
 私がずっと感じていた違和感の正体がそこにあると思うんです」

S津さんだけじゃない。
ずっと、ずっと感じていた違和感があった。

この会社に来て、私はとても暖かく優しく迎えてもらった。
優秀で面白い奴がきたな、と。
あまりの馴染みっぷりに、私の3ヶ月後に中途入社した同僚が、私がたった3ヶ月前に入社した人間だということを知った時に驚愕したくらいだ。

だけど、私が若手社員気分から抜け出して、
よし、この会社の課題を解決するぞ、
となったあたりから、なんか変なのだ。

私は彼らを責めているわけではないのに、
色々な問題の生まれるに至った、それなりの理由があることはわかっているから、
問題の背景を紐解いて、この会社の課題を解決しようよ、と言っているだけなのに、
彼らが大変そうにしているから、彼らが好きだから、
一緒に解決しようよ、と言っているだけなのに、
なんだか途端に、
そんなことしなくていいんだよ、
お前はこの袋の中に入っていればいいんだよ、
と、私を窮屈で息苦しい袋の中に押し込めようとするのだ。

この袋の中に入っているなら、暖かく迎えてあげる。
だけどそこから出るなら、知らない。
途端に突き放すような、よそよそしくなるような、
そんな感じになるのだ。

全員、というわけではない。
だけど、私が入社早々に"好き"を感じた空気をまとう人達ほど、そうなるのだ。

「お願いです。言語化してください」
私はもう一度言った。
涙が零れ落ちた。

「だって、それがわからなかったら、私は次の会社に行って頑張っても、結局また同じことになるだけかもしれない」

会社にとらわれずに個人のキャリアを応援する、
と標榜するS津さんなら、
こんな風に言われたら無下にできないだろうことをわかっていて、私はすがるように言う。

果たして。
「わかった…来週までに言語化してみる」
S津さんは根負けしたように、そう言った。

 * * * 

一週間後。

その一週間の間に、自分の中で怒涛の展開があり、
それまで副業可能な会社へ普通に転職することを考えていたのが、
「もしかして、起業か…?」
ということになり、
私は一週間前の話は、あんまりどうでもよくなって、
自分のこれからの話を、S津さんに話していた。

少し驚いたように私の話を聞いていたS津さんは、
「いいと思う」
そう言った。そして、
「この間の話なんだけど…、そういう話になったなら、もういいのかもしれないけど…考えて、言語化してみたんだ」
そう続けた。

私は少し驚いた。
S津さんは、うやむやにできることなら、うやむやにするタイプのはずだ。

「うちの会社、ストレングスファインダーで『調和』が一番多かったじゃん?」
そう、S津さんは話し始めた。
以前に社内で、ストレングスファインダーという個人の強みを分析する診断ツールをやった時に、統計を取ってみたら、全体的に『調和』の資質が一位だったのだ。

「俺…認めたくないんだけど…、調和を乱されるのが嫌だったんだと思う」
S津さんが言う。私は、黙って先を促す。

「お前は調和を乱してでも、課題を解決しようとするだろ? 俺、それが嫌だったんだと思う……認めたくないんだけど」
そう言って、S津さんは少し俯く。

「会社って『優秀な人材が欲しい』って言っているけど、本当はそこに『調和を乱さない奴』っていう条件が入ってると思うんだ。口では言わないけど。うちの会社だけじゃなく、ほとんどの会社が」
訥々とS津さんは話す。
「だから、次の会社に行くなら、本当に優秀な人間を求めている会社にするといいって、今日、言おうと思っていたんだ」

あぁ、S津さんは、本当に、
私のために一週間考えてくれたのだ。

「俺は変化が大事だと思ってるんだ」
S津さんは、よくそう公言している人だった。
その自分を否定する格好悪い自分をさらけ出しても、
私のために考えてきたことを、今ここで伝えてくれているのだ。

「だから、お前が起業するっていうの、すごく良いと思う。
 俺、もしもお前がこの先、すごい成功をおさめたとしても、きっと驚かないと思う」
S津さんは、まっすぐに私を見て、そう言った。

私の能力をそこまで買ってくれているのだ。
だけど、それでも、
「ここで、一緒にやってくれ」
そうは、なってくれないのだ。

私はS津さんの精一杯の誠意に、
寂しく静かに微笑んで、
言語化してくれて、ありがとうございます」
そう言った。

 * * * 

「まぁ、それじゃ仕方ないですよね。私は調和を乱してでも、絶対に課題を解決しようとしますからね~」

8月。
年休消化に入った私は、
『私も会社を辞めることになりました』
と、半年前に会社を辞めた元同僚のT田さんにメールして、
久しぶりにオンライン越しに会話をしていた。

新規プロダクト開発を共にした技術部のT田さんは、
私が入社する半年前に私と同じく中途入社した人なので、在籍期間は私と同じくらいだ。

「まぁでも、S津さんがきちんと言ってくれて良かったです」
画面越しのT田さんに話を聞いてもらいながら、
そう私が話していると、
私の話を少し首を傾げながら聞いていたT田さんが、
「S津さんは、どうしてそんな風に言ったんでしょうか?」
そう言った。

え?
と私は、T田さんの言わんとすることがよくわからず、
問い返す。
そんな私に、T田さんは、こう言った。
「だって、Satoさんは調和の人じゃないですか」

私は思いもかけない言葉に、ぽかん、とする。

「誰もメンテできずにいた共通ライブラリを、誰でもメンテできるように整えたり、
 社内フリーランスになって、部署を超えて手伝ったり。
 そうやって、特定の誰かが負担を強いられることのない仕組みを作って。
 Satoさんは調和そのものの人じゃないですか」

T田さんからの予期せぬ言葉を
私の大脳はすぐにはうまく処理できず、
「あ、えっと…S津さんは、会社の既存の雰囲気を壊すって言う意味で言ったのだと…」
しどろもどろに、そう返した。
それを聞いたT田さんは、あぁなるほど、と言って、思慮深げにまた少し考える仕草をした。


『調和の人』

T田さんのその言葉は、私の中に、
ぽうっと暖かな明かりを灯すのだった。


(つづく)

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