"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Summer-8

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「突然なんですが、私をS津さん直属の部下にしてほしいんです」

夕方、会議室で私はS津さんに向かってそう言った。

S津さんは去年から開発部チーフマネージャーとなり、
自身は直属の部下を抱えずに、開発部マネージャーたちの
取りまとめ役みたいなポジションとなっていた。

「あれ? お前、別に俺の部下にならなくていいって、
 この間、言ってなかったっけ?」

私の言葉を聞いて、S津さんは、そう聞き返した。

以前に、私がS津さんの部下にしてほしいとお願いした時に、
結局はN草さんの部下となったことを気にかけたのか、少し前に、
「お前、俺の部下には、もうならなくていいんだよな?」
と聞かれたのだ。そして、その時私は、
「はい、別にいいです」
と答えたのだ。
O島さんの元を離れる目的は達成できたし、
異動によってN草グループやS高グループのメンバーとの関わりも増え、
共通ライブラリの改修を通してS津さんとの関わりも増えて、
「相談できる相手を増やす」という目的も達成できている。
別に部下になる必要はなかった。

S津さんに聞かれて、
「えーと、ちょっと状況が変わったというか……
 別にS津さんの部下になりたいわけではないんです。私は、上司とか部下とか、そういう縦の関係は本当はいらない人間なので。
 正確に言うと、『開発部チーフマネージャー直属の部下』のポジションが欲しいんです」

私がやりたいのは、会社内を自由に歩き回って、
会社の抱える根本的な技術問題を横断的に解決していくことだ。
だけど、開発グループのメンバーとしてやっている限り、
目先の案件をこなすことに、どうしても専念せざるをえなくなる。
技術部に移ったとしても、今度は技術部の目先の問題をこなすことに専念することになるし、共通ライブラリの件だってある。

私が解決したい問題のスコープは、
自身は案件を持たずに開発マネージャーたちの取りまとめ役をやっている、
開発部チーフマネージャーのS津さんのスコープにうまく嵌るのだ。

私は、今朝方に思いついたアイデアについて話し始めた。

「会社内を自由に歩き回って、ここは私が入るとうまくいくなっていうところに手を貸して回りたいんです。
 汚くなっているシステムの骨組みを整えて保守性を高めたり、
 横断的に動いて回ることで、こっちとあっちで共通化したものを作れるな、というのがわかったら、それを作ったり。
 他にも、新規プロダクトに関する開発部からの細かな質問も今は技術部のI塚さんが全部答えてくれてますが、
 私が開発案件に入れば私が対応できるので、技術部も問合せ対応の負担が減ります。
 それに、私が案件のメンバーと一緒にお客さんのところに同行すれば、プロジェクトリーダーだったからこその視点で、新規プロダクトの活用方法について提案したり、ニーズや可能性を汲み取ることもできます。
 それで、こういうニーズに応えられる機能があるといいっていうのを見つけたら、技術部にフィードバックして、もしも人手が足りないようだったら私がそこで作るんです」

『株式会社Sato』の扱っている商品(スキル)で、
市場のニーズ(会社の課題解決)を満たし、
運用資金(心の栄養)も思いっきり得られる、素晴らしいプランだ。

S津さんは、面白いアイデアが好きな人だ。
さらに日頃から「個人の特性を活かすのがいいと思う」と言っている人で、共通ライブラリの改修を通して、私の技術力も理解している。
十中八九、この話に乗ってくれるだろう、と私は見ていた。

果たして。
「つまり、こういうことか。
 お前は自由に動き回って好きなことやって、俺はお前に社内でお前のニーズのありそうな仕事があったら紹介すればいいのか?」

その通り!

「はい、そうです!私、社内フリーランスになりたいんです!」
私は笑顔で身を乗り出して言う。

「面白いな……」
S津さんはそう言って、少しの間、思考を巡らせて、
「そうだな…俺は今部下がいないから、部下を持つとなると勤怠関連で色々面倒な手続きが必要になるから、組織体制上ではM谷さんの部下ってことでもいいか?
 勤怠関連はM谷さんに見てもらう形で、お前の状況確認や仕事の調整は俺がするってことで」
M谷さんは、去年から開発部の執行役員になった人で、
直下に開発支援室という開発部案件の品質管理をしているチームを抱えていた。
組織体制図上では、私はそこに異動するということだ。ノープロブレムだ。

「じゃあ、M谷さんにこれから相談しにいくわ。
 あとS高の方にも、明日、俺から言っておくから」

そう言って、思いっきり乗り気な様子で
S津さんは会議室から出て行った。


私の現在の上司であるS高さんは、
マネージャーになったばかりで、部下の人数もまだ少ないから、
私が抜けるのは痛手といえば痛手だろう。
だけど彼は「手持ちのリソースで、うまく何とかする」のが得意な人だ。
私が抜けたら抜けたで、うまく何とかするだろう。

それに、S津さんが
「まぁ面白そうだからやらせてみようと思う」
とS高さんに言ってくれるなら、
「じゃあ、Satoさんがいなくなっちまう分、人を調整させてください」
と、S高さんだって堂々とS津さんに要求できるのだ。

そして、S高さんにも、
ずっと刷新したいと思い続けているけれども、目先の案件対応に追われて
いつまでも着手できずにいる、ひとつのプロダクトがあった。
目先の案件はS高さんの方でうまく何とかして、
その裏で私が社内フリーランスとして、彼の悲願のシステム刷新をしてあげればいいのだ。


誰にとってもWin-Winな、パーフェクトなアイデアだった。

私は満面の笑みでガッツポーズした。

 * * *

翌日。

「俺が出払ってる間に、勝手なことしやがって」
S津さんから話を聞いた様子のS高さんの元に、
私が、にへらと笑いながら行くと、
むすっとディスプレイに向かったままS高さんが言った。

「でも、良い手でしょ?これ以上の良い手、あります?」
私がにこにこして尋ねると、
「……ない」
悔しそうにS高さんが言った。

「ただ、俺を飛び越して相談されたことだけ、腹が立ってる」
憮然とS高さんが言う。
「でも……相談してたら、うんいいよって言いました? S高さんが私だったら、どうしてました?」
ちょっと意地悪に尋ねてみる。

口には出さないけれど、S高さんはS津さんに対抗意識を抱いている。彼がS津さんに対して、いつか追い抜いてやる、と密かに思っていることに私は気づいている。
そんな相手の元に、自分の部下が、
あなたの元じゃ自分の力を発揮できないので、あっちに異動したいです、
なんて言ったところで聞くわけがないのだ。

「……他に何か手があったかと言われると、さっきから考えてるけど浮かばねぇんだよ」
そう答えて、
あーっくそーっとS高さんが呻く。

「悔しいけど、これ以上ない良い手だと思う!
 ただ、俺を飛び越して相談されたことにだけ、腹が立ってる。じゃあ、どうすれば良かったかっていうと、浮かばないけど、ただ飛び越されたことにだけ腹が立っている!
 それだけは言っておく!以上!」

S高さんの言葉に、私は笑い出しながら、
「大丈夫ですよ。これで、S高さん念願のRシステムの改修にも着手できるようになるんだから、Win-Winですよ」
上機嫌にそう言って、彼をなだめた。


さらに翌日。

「ほれっ」
私の表向きの上司になった開発部執行役員のM谷さんが、
私の前に1枚の紙をぺらり、と差し出した。
異動の辞令だった。

「わざわざこんな辞令の紙を出してくれるんですね」
へーっと辞令の紙を眺めやってから、
このたびはよろしくお願いします、と私はM谷さんにぺこりとお辞儀した。
「まぁ、なんだ。一応上司ってことで、何かあったら相談してくれ」
M谷さんが言った。
「じゃあ、S津さんとケンカしたら相談しにいきますね」
そう私が笑って返すと、M谷さんは吹き出した。


こうして、2018年8月。
私は社内フリーランスの立場を手に入れた。

火曜の朝に思いつき、その日の夕方に相談したら、
木曜には辞令の紙をもらうという、超スピード実現だ。

6年間在籍したこの会社での、
一番うれしい思い出である。


(つづく)

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