"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Spring-5

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この会社は、地理情報システムを扱っていた関係か、
社員には建築系の学科や地理系の学科を出ている人達が多かった。
かつ前回書いた通り、営業の強い会社でもあったためか、
IT系の会社としては、何だか雰囲気が特殊だった。

受託開発を主としていた前職では、
お客さんの要求する仕様を満たすシステムを、トラブル少なく納期内に納めることに重点が置かれていた。

この会社の開発部も基本的には、
"自社プロダクトに、お客さんの要求する機能を追加開発して納品する"
という受託開発形式ではあったのだが、
前職とはちょっと違った。

「自分達らしさをどう盛り込むか」
「顧客にどう訴求するか」
を、こだわるのだ。


「うちの会社は小さいから普通の提案じゃ負けるから、
 うちだからこそっていうのを出さないとさ」 
そう営業が言い、
「ここ、こういう風にしたら、面白くなるんじゃない?」
「お客さんのやりたいことって、こういうことでしょ?
 だったら、お客さんが出してきた内容じゃなくて、こっちの方がいいんじゃない?」
そんなことを画面を覗き込み合いながら、開発者たちが言い合ったりしているのだ。

公共系の真面目なシステムを作っているはずなのに、
なんだかゲームみたいなアイデアを出して、「いいんじゃね?」とにやっとしてることもあった。

開発が追い込みに入っている時ですら、
「とりあえず、要求仕様を満たしていればいいだろう」
とはならず、数人がディスプレイの前に集まって、
あーだこーだと意見を言い合ったりしているのだ。


「俺、かなり良いシステム作ったと思うんだけど、
 Sさんが、わかりづらいって言うんだよね。
 みんな、わかってねーよなぁ。絶対、これいいはずなのに」
私がこの会社で初めて携わったプロジェクトが収束を迎えた頃、
私の横で、納品したシステムをいじりながらO野さんが、
そんなことをぶつくさ言っていた。

プロジェクトが炎上している中で、
いつまでたってもリーダーのO野さんが仕様を確定させず、
やきもきさせられたことが何度かあった。
いったい何をそんな優柔不断に悩んでいるんだ!とっとと決めてくれ!
と、私はキーキー言っていたのだが、
(そうか、こだわっていたのか…)
謎が解けた。

炎上している中で、システムの仕様をこだわり続けていたO野さんにも、
他人が作ったシステムを触って品評する人がいることにも、
私は驚きを隠せなかった。


前職では、開発が追い込みに入るほど、
「顧客のわがままを如何に跳ねのけるか」
みたいな姿勢になって、
「一緒に良いものを作ろう!」
で始まったはずなのに、
顧客vs開発者みたいな構図になっていくことがよくあった。

私はそれが悲しかった。

もちろん、私だって、
今このタイミングでそれを言わないでくれ…と
お客さんに目眩を覚えることはあるのだけど、
”どうしたら、最初の純粋な「良いものを作ろう!」という想いを
 擦り減らすことなく
 最後までプロジェクトをやり遂げることができるだろうか?”
それが私が長年抱いていた関心であり、
その答えがこの場所にはあったように思う。


デザインへのこだわりの強い人たちも多かった。

ある時、私がリーダーを務めていたプロジェクトで、
メンバーたちがある機能のデザインについて
A案がいいか、B案がいいか、で喧々囂々と議論をしていた。

2時間かけて作った自信満々のアイコンを
「昭和センス」と爆笑されるセンスの持ち主の私は、
彼らの議論を静かに聞いていた。

その時、
「Satoさんはどっちがいいと思う? リーダーとしての意見を聞かせてよ」
とデザイナーのO部さんが尋ね、他のみんなも私に視線を向けたので、
私は彼らの議論を聞きながら、ずっと思っていたことを口にしてみた。
「そもそも、このA案とB案って何が違うんですか?」
そう、にこっと私が聞き返した時の、メンバー達が一様に固まって、
しばらくのち、
「ここまでだったか…」
と誰かがつぶやいた様は、今でも忘れない。

だけど私だって、前職でよく見かけた、無味乾燥なシステムの画面に対しては、
「イケてないなー」
と思うくらいの感性は持ち合わせているのだ。

彼らのデザインに対する感度が高かったのだと思う(絶対)。

 * * *

規模の大きめな案件が増えてきたことにより、
SIerでの経歴を買われて採用された私だったけれど、
この会社がSIerではなかったからこそ培われてきただろう
この雰囲気が私は好きだった。

小さな会社だからこそ、
営業と開発者の距離が近いからこそ、
ザ・ITな人達ばかりでないからこそ、
ゆるやかな会社だからこそ、
遊び心とものづくりへのこだわりのある人が集まっているからこそ、
生まれる、その空気。

私は、あの空気が景色が
大好きだった。


仕事だから、とか、
誰かのため、とか、
それだけではない、何か。

そういうものを交わしあうことや、
交わしあっている姿を見ていることが、
私は大好きなのだ。

(つづく)


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