"好き"と"関心"を巡る冒険 第一章 vol.7

前の話→"好き"と"関心"を巡る冒険 第一章 vol.6 - Sato’s Diary
全話リストはコチラ


社会人4年目から5年目の春までは、
とてもしんどく、
それでいて、とてもあっという間に過ぎていった日々だった。


4年目の春。
開発継続することが決まり、ひとまず落ち着いたかと思ったら、
親会社と自社の間で赤字をどちらが持つかで今度は揉め始めた。
私がやっていたバックエンド側の全体調整作業が、
本来、親会社が担当する予定だったということ、
そしてそれを親会社側がやったことにしようとしているのだという話を、
この時、聞かされた。

4年目の夏。
私のチームの4名だけを残して、
プロジェクトリーダー含む自社メンバー全員が離脱することが、
ある日いきなり告げられた。

4年目の冬。
チームリーダーの先輩が退職して、
社会人2~4年目の3人が残された。

5年目の春。
ずっと一緒にやってきた2個下のTさんが抜けて、
さらには部長も異動になって、
上司が存在しないという不可思議な状態で、私と1個下のIくんが残された。


この頃の私は、
ただただ孤独を感じていた。

社内にいる他の部署の人たちは、何となく、
私たちを腫れ物に扱うような感じだった。

ある日、親会社の人からの質問に
内線電話で答えていたIくんが電話を切ると、
「なんで、あの人たちはいつまでたっても、
 こんな基本的なことを聞いてくるんですか!
 何なんですか!!」
と、なぜか私に向かってキレた。

なんで私に向かってキレるんだ、と思いながら、
彼と同じく、疲れてイラついていた私は、
「仕方ないでしょ!いい加減に受け入れなさいよ!!」
とキレ返した。

上司もいなくなり、たった2人取り残された社会人5年目と4年目の社員が、
フロア中に響き渡る声で、怒鳴り合い。
フロアは、しーん、とした。

だけど誰一人、声を掛けてくれる人はいなかった。

声を掛けづらかったのだとは思う。だけど、
「おいおい、お前ら、大丈夫か~」
とか言ってくれる人が一人くらいいてもよかったのに。
と、それは今でも思っている。


プロジェクトを抜けた元プロジェクトリーダーの先輩は、
社外常駐になり、たまに会社に戻ってきても、
私たちを避けて、別部署の人たちと談笑していた。
気まずかったのだろう、とは思うけど。

私は、ただただ孤独だった。

「あの最初の打ち合わせの時に、
 やっぱり逃げていれば良かったんじゃないだろうか?
 そうすれば、今も守られたままでいられたんじゃないだろうか?」

別部署の人たちと談笑している先輩の姿を見ながら、
そんなことを考えていた。


お客さんとの打ち合わせだけは、
この時もまだ楽しかった。
けれど、お客さんも私たちも、
色々と傷を負ったプロジェクトだった。

私が突っ走ったことが、
良かったのか、悪かったのか、わからなかった。

最初の打ち合わせの帰りに寄った居酒屋で、
あの時、資料を覗きこまなければ良かったのでは?
その後の打ち合わせでへこたれた時に、
やっぱり逃げ出していれば良かったのでは?

そうすれば、自分は今も、あんな風に守られて、
笑っていることができたのではないだろうか?

数メートル離れたところで
後輩と談笑している先輩の姿を見ながら、
そんなことを考えていた。


 * * *


5年目夏。
開発したシステムをお客さんに引き継ぐために、
私とIくんは、お客さん先に2ヶ月間常駐することになり、
重い荷物を抱えながら、長野にやってきた。

その日、長野の高く広い空が、
きれいに晴れ渡っていたのをよく覚えている。

私とIくんが顔を見せると、
「よく来たね」
と暖かい笑顔でお客さんたちが迎えてくれた。

システムの本格稼働に向けて、サポートチームが新たに結成されており、
そこに集められた同年代のメンバーたちに引き合わされた。

昼休みにコンビニへ行こうと外へ出ると、
先ほど顔を合わせた女性2人がコンビニの方向から歩いてきた。
彼女らは、私とIくんを見つけると、笑顔で駆け寄ってきて、
「これ、たくさん買っちゃったんで、仕事の合間にどうぞ」
と笑いながら、私の両手に、ふぁさっとキャンディを載せた。

晴れ渡った空の下で、
私の両手いっぱいに載せられたキャンディ。
その時の、とても暖かく、気持ちがほどけてゆく感覚を
15年経った今でも私は忘れない。


それからは、同年代のサポートチームの面々と仲良くなって、
昼休みに一緒にDSで遊んでいたら、
「お前ら、やるなら日本古来のゲームをしろ」
とお客さんのKさんが言ってきて、
それからはKさんに囲碁を教えてもらいながら、
昼休みはみんなで囲碁を打つようになった。


「Satoさん、元気になって良かったよ!」
私とIくんが作業している部屋に、
出張でやってきた親会社の面々が顔を覗かせては、
口々にそう言った。
「俺たち、あんな暗い顔しているSatoさんを
 お客さんのところに常駐させて大丈夫なのか、心配していたんだよ」

(私が暗い顔をしていた原因には、
 いつまで経っても連日、基本的なことで質問をしてくる、
 あなた達の電話も含まれていたんだけどね)
と私は苦笑する。


「お前は冷たい」
プロジェクト佳境の頃、お客さんが逆に東京にやってきていた時、
私がほとんど一緒に飲みに行かなかったことに対して、
お客さんにそうぼやかれたことがあった。

私は怖かったのだ。
お客さんを裏切る決断を、
もしかしたらどこかでしなければいけない時が来るかもしれない。
だけど、お客さんとこれ以上仲良くなったら、
しなければいけない決断を私は出来なくなるかもしれない。
それが、怖かった。

「俺たちが東京に行ってた頃、お前はあんなに冷たかったのに、
 今、俺らは、こんなにお前に親切にしてやってるんだぞ~」
そう言いながら、お客さんは、
サポートチーム、親会社のみんなも交えて、
そば祭りに連れて行ってくれたり、
紅葉を見に、ドライブに連れて行ってくれたりした。

裏切ることなく、終わらせられる。
不安から解放された私は、
ただ心のままに笑って、
ひたすらに暖かい2ヶ月の日々を過ごした。


そうして訪れた最後の日。

仕事を終えて、PCの電源を切ると、
お客さんたちの待つ店に向かった。
私とIくんのために、送別会を開いてくれたのだ。

「色々あったけど、楽しかったよな」
「また、一緒にやろうな」
そんな言葉をかけてもらった。

プロジェクトにかかわったみんなでお疲れ!といって乾杯。
そんな幸せな終わりを夢見ていた。
だけど、夢見ていたものとは違う形だけれど、これもまた、幸せな終わりの形だろう。


送別会が終わり、マンスリーマンションの部屋に戻り、
ノートPCを立ち上げてメールをチェックした。
親会社の面々からは、連日、質問メールが来ていたからだ。

だけど、メールはぷっつりと途絶えていた。

あぁ、彼らはけじめをつけたのだな、と思った。

そして本当に、この日を境に、
質問のメールも電話も、ぱたりと途絶えた。
あれだけ毎日、基本的な仕様のことを聞きにきていたあの人たちは、
どうやっているんだろう?

「Satoさんに聞いてみましょうか?」
「いやいや、もう彼女は終わったのだから、
 ここはやっぱり自分たちで頑張りましょう」
「そうですね、そうしましょう」
そんな、お客さんと彼らの会話が、何だか聞こえてくるような気がした。


私は、やっぱり、守られていたのだ。
守られている中で、頼られていたのだ。

空っぽのメールボックスを見ながら、
私は思った。

そして。
みんなに必要とされることが、私は本当に嬉しかったのだと、
気がついた。

会議の場が行き詰まった時、
私の意見で、ぱっとみんなの表情が明るくなるのを見るのが嬉しかった。
みんなの笑顔を見たくて、無我夢中で走っていた。
時に疲れ果てながらも、
みんなに必要とされることが、やっぱり嬉しかったのだ。


 私を必要としてくれて、
 最後の最後まで私を必要としてくれて、
 ありがとう。

 逃げ出さなくて良かった。
 あの最初の時に、逃げ出さなくて本当に良かった。


空っぽのメールボックスを見ながら、
必要とされる日々が終わりを告げたことを理解して、
マンスリーマンションの一室で、私は泣いた。


 * * *


東京に戻って、私は改めてお客さんたちにお礼のメールを書いた。
若輩の自分に任せてくださって、本当にありがとうございました、と。

いただいた返信のひとつに、こう書かれていた。

「あなたは、いつも、どうすれば良いシステムにできるかを考えてくれていました。
 だから、安心してお任せすることができました。
 またいつか、成長したあなたに出会える日を楽しみにしています」


そうして私は、
次の冒険の扉を開く、新たな関心を手に入れる。


“ どうすれば、誰も苦しむことなく、
 最初から最後まで、楽しい幸せなプロジェクトとして、
 このプロジェクトを推進することができただろうか? ”


f:id:satoko_szk:20211007134308p:plain


その答えを手に入れて、
今度こそ、最初から最後まで、みんなが笑顔のままでいられるプロジェクトを
推進できる自分になって、
大好きなお客さんたちの前に再び立つために。


―― 第一章・完 ――


次の話→"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 - 序1 - - Sato’s Diary
全話リストはコチラ