"好き"と"関心"を巡る冒険 第一章 vol.6

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社内のプロジェクトが炎上すると、
それまで全く関わってこなかった、社内のお偉いさんたちがしゃしゃり出てくる。

状況を報告せい、ということで、
私を含む、プロジェクトの社内主要メンバーで報告に行った。

お偉いさんたちは、ぺらぺらと資料をめくって、そこに書かれた数値を見ると、
「こんなんじゃ、うまくいかないのは当たり前じゃないか」
といったことを、のたまった。

資料の中の数字からだけでは、
このプロジェクトがこじれてしまっている原因など読み取れない。
私には、目の前で偉そうに評論している人たちが、
仮にこのプロジェクトを担当していたとして、
うまくいかせることができたようには、全く思えなかった。

『現場の本当の状況を把握せず、
 紙に記されているものだけで
 物事を判断するような人間に、自分はなりたくない』

『関わり続けた人間、実情を知っている人間が判断を下す組織。
 みんながそれぞれの決裁権を持てる場所であること』

"3年間は転職するかどうかを保留にして、
代わりに日々想うことを書き留めて、3年後の判断材料にする"
ことを決めていた私は、日記にそう書き留めた。

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「君はもうあの会議には出なくていいから、
 君の仕事に集中しなさい」
部長にそう言ってもらって、
それ以降の会議に私は出なかった。

結局、
部長が手持ちの他のプロジェクトを別の部長に渡して
このプロジェクトに専念することと、
炎上しているプロジェクトの火消し役として
別の部署の統括部長が入ることが決まった。

肩書きは変わらないけれど、部長は事実上の降格だった。

職権の大きく狭まった部長は、
その後、鬱々とすることが多くなり、
私が溢れかえっているタスクをどうすればいいか相談しても、
「そんなこと言われても、君が何とかするしかないんだから、
 君ががんばってよ」
そんな風に返すようになった。

 * * *

「あの部長は、どこかのプロジェクトを炎上させて、
 左遷されたんだよね。ざまーみろだよね」
数年後、同期の飲み会で、
部長の話が挙がると、誰かがそんな風に言って、
「やっぱり、あれじゃ駄目だよねー」
と、別の誰かが乗っかった。

部下の好悪が明らかで、
昭和的がむしゃらな頑張りを部下に求める部長は、
若手社員からの評判は悪かった。

左遷された時に、
「何か事情があるはず」
と思ってもらえるか、
「ざまーみろ」
と思われるかは、
こんな風に、日頃の行いが物を言うんだろうな…。

そんな風に思いながら、
何も言わずに私は、ちびり、と酒を一口飲む。

色々してもらった分際で申し訳ないけれど、
私も部長には色々困らされたし、
尊敬しているとは言い難かった。

だけど。

話を弾ませる同期たちを横目に見ながら思う。

部長に直接嫌な想いをさせられた人たちを除いて、
あのプロジェクトで何があったのか知らず、
何も知ろうとせずに、そういう風に言うのはどうなのかな…?
彼を酷評できるとしたら、
同じ立場にいて、彼以上のことができた人だけだよ?

そんなことを思いつつ、
だけど卑怯な私は、
そんなことを口にして、その場をシラケさせることを怖れて、
ただ何も言わずに、ちびりと、酒をまた一口飲んだ。

 * * *

「だけど君は、部長に感謝しないといけないよ?」
プロジェクト後半。
プロジェクトメンバー数名で飲みながら、
部長に対する愚痴を言い合っていた時に、
先輩社員のWさんが、穏やかに微笑みながら、
私にそう言った。
若手が大半を占めていた自社メンバーの中で、
Wさんは数少ない中堅社員だった。

その時の私は、
部長の、私に対する行き過ぎた贔屓と、
それに対する私の塩対応を揶揄して言われているのだと思い、
「私だって部長には色々困らされてるんですよ」
と口を尖らせた。

そんな私に、Wさんは苦笑して、
それ以上は何も言わなかった。


今。
思い出を紐解きながら、この話を書いている中で、
15年の時を経て、
ようやくその言葉の意味を私は理解した。

社会人3年目の私には、お偉いさんたちが無責任な評論を
繰り広げているようにしか見えなかったあの会議で、
部長は選択を迫られたのだ。
プロジェクトから撤退するか、
他のプロジェクトを手放してでも、このプロジェクトを続けるか。

当時の日記をめくる中で、
重役会議が続いていた頃に、自分がこう書き綴っているのを見つけた。
『良い終わりを迎えたい。
 お客さんに寄せてもらっている信頼と期待と好意を
 失いたくない、裏切りたくない。
 大切なものが失われていくのを、
 ただ指をくわえて為す術なく眺めているのではなく、
 失わないために、私は走ることができるんだ』

はっきりとは覚えていないけれど、
私は自分の希望を、部長におそらく伝えていただろう。

そして、部長は、
プロジェクトを続けることを選んだのだ。
私が無我夢中でやっていたプロジェクトを、
私が大切にしていたプロジェクトを、
最後まで私にやり遂げさせることを選んでくれたのだ。


部下を公平に扱わず、
自分の気持ちを一方的に部下に押しつけ、
それを顕わにしてしまう大人げない部長を
私はやっぱり尊敬することはできない。


だけど、感謝はしています。
多大なる感謝を。


ここまでの意味を理解していたわけではなかったけれど、
7年前、会社を辞める時に、
「あの仕事を、最後の最後まで、若輩の私にやり遂げさせてくださって、
 ありがとうございました」
と部長にメールを書いた。

部長からは、
「そう言ってもらえて、報われました」
と返事をもらっている。

(つづく)


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