"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 - 序3 -

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「いやぁ、君が独立系の会社に転職しようと考えているって聞いて、
 俺は、『君が不幸になる、絶対に止めなきゃ』と思ったんだよね」

コーヒーショップの向かいの席で、
K部長がそう言った。


部長との面談は、仕事を上がった後、
常駐先の近くのコーヒーショップで行われた。

社会人5年目までの上司だったJ部長は左遷され、
この時の上司だったK部長とは、
お互いに存在は知っているけれど、
人となりはあまりそれほどわからない関係性だった。

ただ以前、
K部長が可愛がっていた優秀な先輩が辞める時に、
「俺の厚意を裏切りやがって」
と言って、それから先輩の退職日まで、
K部長はずっと無視を決め込み、フロアに重い空気が流れた。
「俺、あれだけ仕事やってきたのに、円満退職できなそうだわ」
と、若手たちが開いた送別会で、先輩がこぼしていたのをよく覚えている。

だから正直、
辞意を伝えた私に対してどういう態度を取ってくるのだろう?
と、私は少し身構えていた。

それでも、この面談の中で、
自分がこの会社でやっていくための、
何かを掴まなければいけない。

「自分がまだ何も伝えていないことに気づいたので、
 まず、自分の考えを今日、部長にきちんと伝えてみようと思って、
 ここに来ました」

コーヒーショップで部長と落ち合った私はそう言って、
だけど、自分の中にあるたくさんの考えを
うまく伝える術を持っていなかったので、
それまでの3年間に手帳や日記に書き溜めていた自分の考えを
転職活動用に整理しなおしていたノートをK部長に渡して、
それを読んでもらった。

K部長はそれを読んでくれたが、
おそらく私が会社を辞めない、と踏んだのだろう。
読み終わると寛いだ雰囲気になって、
冒頭の言葉を発した。


『大企業グループに所属していること=幸福
 そこから外れること=不幸』
みたいな図式が頭の中にあって、
「俺が君を不幸にさせない」
と平然とのたまってしまうK部長に、私は内心、引いた。
これまでの私だったら、完全にここで言葉を引っ込めていただろう。

だけど、この時の私は、
「何としてでも、この場で、
 次の自分の一歩に繋がる何かを見つけ出さなければ!」
と必死だった。

だから、
私がこの会社で、自分がやりたいと思っていることを実現するために、
どうすればいいのか、どういう可能性ならあるのか、
部長に食い下がった。

会話の大半は、話が噛み合わなかったが、
ようやく、
「顧客と金額の交渉を直接することはできないけれど、
 親会社の人達から一目置かれる人間になれば、
 契約ごとにおける意見にも耳を貸してもらえるようになる」
K部長がそう言い、それを聞いて私はハッとした。

 * * *

「Satoさん、このプロジェクトをうまくいかせるために、
 何かアイデアない? 些細なことでもいいからさ。
 俺、力になりたいんだよ」
プロジェクトが炎上真っ只中の時に、
親会社のMさんが私に何度かそう尋ねてきた。

だけどその頃、
親会社と自社の間で赤字をどちらが持つかで揉めていて、
”私がやってきた仕事を親会社がやったことにして
 自社に赤字を負わせようとしている”
という話をJ部長から聞いていた私は、
Mさんを警戒して、言葉を濁していた。

あの時、Mさんは、
本当にプロジェクトを何とか良い方向に進めるためのヒントを
探していたのかもしれない。
あの時、Mさんに、
私の思っていること、考えていることを、
拙くてもなんとか伝えていれば、
何かを変えられたのかもしれない。

仮にMさんに何か下心があったとしたって、
もしも私がお金や契約ごとのことをもっとちゃんとわかるようになって、
お客さん、親会社、自社の誰にとっても悪くない方法を
提示できる人間になれたなら、
この会社で、あのプロジェクトを、
うまく行かせることができるのかもしれない――。


この場所でできること。
次に目指す地点。

(あぁ、ここだな。まずはそこを目指そう)

そう決めた。

 * * *

「やっぱり、会社を辞めるのを止めます!」
翌朝、S課長に明るく、そう言った。

1週間前、号泣しながら、
「すみません、辞めます。気持ちは変わりません」
と断言しておきながらアレだけど、
もう気持ちに迷いはなかった。

K部長から私が辞意を取り下げたことを
前日の夜のうちに既に聞いていたS課長は、普通に笑っていた。


「今回のことで私、なんかわかりました」
一通りの報告を終えた後、私はS課長に言った。

「どこかに『これが私の道!』ていうものがあるのではなくて、
 色々な人と言葉を交わしながら――
 たとえ自分と合わない人とでも交わしながら、
 その人たちとの交わりの中から、自分に必要な欠片を見つけて集めていって、
 その欠片を足元に敷き詰めて、自分の道を作っていくんだっていうこと。

 少しずつ作って、少しずつ進んでいくんだっていうこと。
 それが、今回わかりました」


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私の言葉にS課長は頷いて言った。

「それが君のキャリアだよね。
 会社が後付けで定義したキャリアのことではなくて、
 たとえ会社を変わったとしても、変わらない君自身のものだよね。
 またいつか、転職を考えるときが来ても、その時には、
 今回とは別の考え方で別の道を考えられるよね」

(あれ? 私、この会社でやっていきます、ていう話をしているのになぁ…)

またいつか、私が転職を考えるだろうことに
思いを馳せているらしいS課長に、ん?と首を傾げつつも、
まぁ、いいか、と思い、

(私、90周走りますよ?
 90周走って、この場所で私のやりたいことを実現しますからね?)

心の中で、こっそりと宣言した。


それは2008年春のこと。
いつのまにか年度が替わり、私は社会人6年目になっていた。

その頃、ラジオからはSuperflyの『愛を込めて花束を』がよく流れていた。
「遠回りしながらも、結局ここに戻ってきた」
イヤフォンから流れる、そんな内容の歌に、
自分の気持ちを重ねながら、満開の桜の下を歩いていた。


 * * *

「5年待ってください。5年で会社を変えるので」
同年秋。長野。

遅めの夏休みを取った私は、
愛車のモンキーで佐渡へ向かう途中に長野に立ち寄り、
去年までお世話になっていたお客さんたちと会っていた。

へべれけに酔っ払った後、
私とお客さんのUさん、実家が長野で帰省していた親会社のM嶋さんの3人で、
最後、ラーメン屋に立ち寄った。

「俺は君のことは好きだけど、君の会社は嫌いだ。
 最初は調子のいいことを言いながら、最後は適当なことを言って逃げた」
Uさんが言った。

私のチーム4名を残して、
プロジェクトリーダー以下全員がいきなり抜ける、
という顛末のあったプロジェクトだった。

親会社とお金のことでアレコレあったという事情も少しはあるけれど、
私もやっぱり、
「あいつら、何もしねー」
と普段親会社に文句を言いながら、自分たちが辛くなったら、
親会社の陰に隠れてトンズラする会社の姿勢は大嫌いだった。

だけど私は、この会社で90周走ると決めたのだ。

「5年待ってください」
Uさんに私は言った。

「私、会社を変えるので、5年待っててください」


90周走って、お客さんたちに、
嫌な想いを繰り返させない会社にする。

道は遠いし、簡単だとは思ってない。
だけど、やる。
だって、スマートな走り方じゃなくたっていいから、
ただ諦めずに90周走ればいいんだから。


へべれけに酔っ払った後のラーメン屋での会話だった。
Uさんがどこまで覚えているかは、わからない。
だけど私は、この5年の約束を心の中に深く刻み込んだ。


こうして、
「この会社で90周走る」と決めた私の、
『好きと関心を巡る冒険』の第二章が始まる――。

(前編へつづく)


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