"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 前編 vol.3

<前回のあらすじ>

自分がリーダーを務めるプロジェクトのメンバーが
合併先の部署にいきなり問答無用で引き抜かれることが決まり、
絶対に取り返す、と決めた私は行動に出る。

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会社が合併してしばらくした頃、社内の情報管理サイト内に、
『ES向上ご意見板』という掲示板が作られた。

従業員満足度(ES)を向上していきたいと思いますので、
 ご意見ありましたら、お気軽にお寄せください』
みたいな主旨が書かれており、
社員の誰もが書き込めて、誰もが読むことのできる掲示板だった。

時は2010年。
まだ、ESという言葉が流行り出した頃だった。
「どうせ、従業員満足度が何なのかなんて、よくわかってないで、
 流行り言葉に乗っかってるだけでしょ」
掲示板が出来た時、私は、そう鼻であしらった。

実際、福利厚生に関する質問が一件投稿されたきり、
掲示板は閑古鳥が鳴いていた。


Aさんを取り戻すことを決めた私は、
閑古鳥の鳴いている、その掲示板の画面を開いた。

(私の満足度を、ぜひとも向上させてもらおうじゃないの…)

『自分がリーダーを務めているプロジェクトで、
 全く納得のいかない決定があり、
 上司に聞いても納得のいく説明を受けられず、満足度が下がっています。
 どうすればいいでしょうか?』

そう書き込んだ。

しばらくすると、先輩社員のYさんから返信の書き込みがあった。

『直属の上司に聞いて納得できない時は、
 さらにその上の上司に聞いてみるのはどうでしょう?』

(なるほど。確かに、その手もあるか)
と思い、K部長に、
『今回のAさんの異動の件で詳しく話を聞かせていただけないでしょうか』
とメールした。

それに対するK部長からの返事が来るより前に、
『詳細を教えていただけますか?
 ここに書きづらければ、メールでも構わないです』
ES向上委員会の担当者から、掲示板に返信が書き込まれた。

(よし、来た)

期待通りの返事に、私は、
(書きづらくなんて、全くないですよ)
と、にっこり笑み、
掲示板の入力フォームに、ことのあらましを事細かに書き連ねた。
そして末尾に、
『売り上げの大きさでプロジェクトの価値が決まるのでしょうか?
 売り上げの大きさに関わらず、
 一人ひとりの社員が目の前のプロジェクトを遂行することで、
 会社は成り立っているのではないですか?』
てなことを書き添えて、

(さぁ、全社員が納得できる言い訳をできるものならしてみなさい)

全社員が目にする掲示板の投稿ボタンを、勢いよく押した。

筋の通った言い分を用意できないだろう彼らは、きっと、
面倒くさい人間の相手をするよりも、適当にお茶を濁しつつ、
そそくさとAさんを返すことの方を選ぶはず。

そう算段していた。

 * * *

「俺に隠れて、こそこそと何をやっているんだ!」

翌日の夕方。
本社の会議室の一室で、
私の掲示板への書き込みをプリントアウトした紙の束を机に叩きつけて、
K部長が怒鳴った。


あの後、K部長から、
『明日の夕方ならいいですよ』
と快諾の返信をもらい、翌日の夕方、本社に行ったら、
K部長は何やら不機嫌そうな様子で、
会議室に入って扉を閉めた瞬間に、
ばしんっと手に持っていた紙を叩きつけて怒鳴ったのだった。

どうやら今朝、部下の一人がK部長に
「これ、いいんですか…?」
と、ES向上掲示板の私の書き込みを指さしてK部長に見せ、
そこで初めてK部長は私の書き込みを知ったらしい。

(こそこそも何も、全社員が見ることのできる掲示板に、
 正々堂々と書き込んだだけですよ、私は)

そう思うも、怒り心頭に達してるK部長の火に油を注ぐようなことを
言うのは控えた。
私の横で、S課長もただ黙って座っている。

「俺にメールしておきながら何やってんだ!
 俺をバカにしてるのか!」
K部長が怒鳴る。

てっきり、
「こんなことを掲示板に書くものじゃない!
 俺が恥をかくじゃないか」
的な台詞が続くのかと思ったら、なんか違ったので、
彼の怒りの論点がわからず、しばし戸惑う。

話を聞いていくうちに、どうやら、
”私からのメールをもらって、
 『自分頼られたぜ。よし、俺の知っていることを教えてやろう』
 と気を良くしていたところで、
 彼の知らないところで、私が別のやり取りをしていたことを知って、
 コケにされたように感じて怒っている”
のだということが徐々に理解できた。

ややこしい捉え方をする人だな、と思いつつも、
K部長をコケにするような意図など全くなかったことを
謝罪の言葉も交えながら何度も伝え、
ひとえに、自分のプロジェクトを遂行するために必死にしたことなのだと
食い下がった。

そうして、ようやく怒りの矛を収めたK部長から聞き出した、
今回のAさん異動の真相は、

ヘルプ要員を出して欲しいとの要請を受けたK部長とS課長が、
『Aさんがいなくても私のプロジェクトは何とかできる』と判断して、
Aさんをヘルプ要員として出すことを決めた。

というものだった。


「有無を言わせずに奪われた」
そう私はS課長から聞かされていた。
しかし、実際はK部長とS課長が相談した上で決めた人事だったのだ。

「部長と課長が、
 Aさんがいなくても私のプロジェクトが何とかなる――責任を持って何とかする、
 と判断したのなら、特に私に異論はありません」

私はそう言って、「今回は勝手なことをして申し訳ありませんでした」と、
K部長に再度頭を下げて、彼を見送った。


「俺は別に、掲示板に書いてもいいと思うんだけどなぁ…」
K部長の姿が見えなくなったところで、
それまで終始沈黙を貫いていたS課長が呟いた。

(そう思っていたなら、ちょっとは私を援護してくださいよ)
そう思ったが、それよりも何よりも、
(S課長、私に嘘を吐いてたんですね…?)
私は複雑な気持ちでS課長をそっと見た。


翌朝、
『部長に確認したところ、合意の上での人事だったということを伺いました。
 合意の上ならば、私に異論はありません。
 このたびはお騒がせして申し訳ありませんでした』
と、掲示板に書き込んだ。

課長が私に嘘を吐いたのか、
私が勘違いして先走ったのかはわからないように、
曖昧な書き方にしておいた。


いずれにしろ、私は、ここで気付く。

「私の元にやってくる情報は、
 課長や部長のフィルターがかかったものなんだ」

私に見えている景色というのは、
課長や部長のフィルターを通ってやってきた情報を元に
出来上がっているのだ。

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自分の目に映る景色を、疑いの目で見始めた2010年1月。
そんな私の元へ、一通のメールが届く。


(つづく)


 ** 余談 **

この件のことで、
私はS課長に対して、ずっともやもやを抱えていたが、
2年半後、ようやく、
「なんであの時、嘘をついたんですか?」
とS課長に尋ねることができた。

「嘘じゃない。俺は本当に奪われたと思ったんだ」
そうS課長は答えた。

(気持ちはそうだったとしても、
 事実と気持ちは、切り分けて説明してくださいよ!)
まったくもう…と私はため息をつきつつも、
騙したつもりはなかったのだな、とわかってホッとした。


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