"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 終幕 vol.7

(前回のあらすじ)
11年間勤めた会社を、私は退職する。

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2014年5月下旬。

6月から新しい会社で働き始めることが決まっていた私は、
それまでの休暇の間、愛車のモンキーでツーリングに出掛けた。
そして、その道中、長野に立ち寄った。

お客さんのUさんに、
「約束を守れなくて、ごめんなさい」
そう謝ろうと思ったのだ。


飲み会の席に遅れてやってきたUさんは、
疲れた様子だった。

案件受注のための提案に、私たちの親会社と、もう1社が手を挙げて、
Uさんの会社の社長が、もう1社の方を気に入ってしまい、
そちらに開発の依頼が行ったのだけれど、
色々と難航しているらしいのだ。

「たぶん、来年くらいになったら、やっぱり無理ってことで、
 Satoさんのいた会社の方にお願いすることになりそうなんだよね」
長野のお客さん先で働く、私と同年代のエンジニアであるI田さんが
そう言った。

それを聞いても、私に後悔の気持ちは湧かなかった。

1年。
私は間違いなく保たなかっただろう。
その未来はなかった。
そう、はっきりわかっていたから。


私が退職した旨を聞いた時、
Uさんは一瞬、止まった。


会がお開きになって、最後、別れしな、
私は、今日ここに来た目的である言葉を告げようとした。

だけど、私が言うよりも先に、Uさんが、
「また、いつか一緒にやろう」
そう言って、握手の手を差し伸べた。

私は、言おうとしていた言葉を言えなくなり、
だけど、思っていないお愛想を返せる性格でもないので、
逡巡した。

それでも、
「はい。いつか」
そう言って、彼の手を握り返した。

守れるのかどうか、わからない。
だけど、叶えられたらいい。

そう思う気持ちは、願いは、まだ手放せなかった――。

――――――――・・・

こうして、
「この会社で90周走る!」
と決めて始まった、
私の『"好き"と"関心"をめぐる冒険』の第二章は幕を閉じる。

会社を辞める時、何人かの人たちへは、
「次の場所では90周走る!」
と宣言していった。

だけど、白状すると、
実は次の場所では、2周くらいしか走らなかった。

たぶん、「90周走ること」への関心が、
8年前のあの時、「自分には限界がある」ということを理解した時点で、
満足してしまったのだと思う。

それでももしも、90周走るのだとしたら、
どこか一つところにこだわるのではなく、
時に休んだり、時に場所を変えたりしながら、
ゆっくりと、じっくりと、
この人生全体をかけて、走りきればいいのだろう。

あの頃よりも、強くたくましく、
そして、ちょっとだけしなやかになった今の私は
そう思っている。


そして。

あの頃の自分に一番足りなかったものが
何だったのか、
この物語を綴りゆく中で、
今の私は、もう気づいている。


辞める時、幾人かの人に理由を尋ねられて、
私は、やりたかった仕事の話や、
K部長に関することなどを、断片的に話した。

それを聞いて、
「自分に言ってくれれば、それくらい叶えられたのに」
「気づかなくて、助けてあげられなくて、ごめん」
そんな言葉をかけてくれた人達も、ちゃんといた。

だけど、その言葉を聞いても、
私は後悔も未練も湧かなかった。

彼らの立ち位置や私との関係性から考えて、
会社中の人たちに当たる意気込みでなければ、
彼らの元に辿り着くことはなかった。

私にそこまでのエネルギーはなかったし、
そこまでして、ようやく、彼らの元に辿り着いたとしても、
彼らに守ってもらわなければならないような不安定な状況に
自分は耐えられなかっただろう、とわかっていたから。

私は守られたいのではない。
自分の力で自分の道を切り拓きたい人間なのだ。

そうわかっていたからだ。


しかし、だ。

なぜ、会社中の人たちに当たるエネルギーがなかったのか?
そして、助けてくれる人に出会えたとして、
どうしてそれが守ってもらうことになるのか?

それは、
自分の価値を自分で認められていなかったからだ。

「自分がこの会社で、ここまでのことができたのは、
 きっと会社全体のことを考えているからだ。
 自分よりも会社のことを優先しているからだ。

 そんな"いい子"の社員だから、
 人は認めてくれているのだ」

社会人6年目の春、
「この会社で90周走る」と決めて、
「"いい子"の社員」でいることをやめたはずなのに、
社会人11年目のこの時の私もやっぱりまだ、
そんな怯えを抱えた「"いい子"の社員」のままだったのだ。

「ここまで、"いい子"の社員をやっているのに、
 私のささやかな願いは聞き届けられないのか。
 あと、どれだけ"いい子"で居続けなければいけないのか」

人に当たって、拒絶を感じるたびに、
そんな風にため息をついて、小さな傷を増やしていたから、
会社中の人たちに当たるエネルギーがなかったのだ。

だから、助けてくれる人に出会えたとしても、
それは自分が"いい子"だから助けてくれるのだ、と、
今度はその人からの厚意を失うことに怯える、不安定な日々に
なると思ったのだ。


もしも今の私があの頃に戻ったなら、

「私のやっていることは、こんなに価値があるんですよ。
 センターから出しちゃって、本当にいいんですか?」

そう、にやっと笑いながらH野さんに言うだろう。

「あなた達のしていることは、ただの暴力行為ですよ。
 私は私に暴力を振るう人に、自分の力は貸しませんよ」

そう、AさんやK部長に、はっきりと言うだろう。

K部長から離れたい。
ネットの繋がらないところに行きたくない。
大切なお客さんの仕事をやりたい。
やりたいのはソフトウェア開発だけど、新たな合併先の部署に行くのではなく、
あなたたちのいるここで実現したい。
「だって、私にここにいてほしいでしょ?
 だったら、私のわがままに協力してください!」

元気いっぱいの、とびっきりの笑顔で、
全部乗せのわがままを、周りに堂々と言うだろう。

それで、Noを言われたり、
忍耐や自己犠牲を求められたりしたら、
私の価値を理解していないなんて馬鹿ね、
と、あっかんべえして、別の人のところへアタックしに行くまでだ。


だけど、あの頃の私は、
それができなかったから。

だから、風が吹いたのだ。

本当に手に入れたいものを手に入れるためには、
それでは駄目だから。

「自分には価値があるのだ、と
 自分が価値があると思うものには価値があるのだ、と
 堂々と言える強さを、勇気を、力を、
 手に入れるための旅に出ろ」と、

強く、風が吹いたのだ――。


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―― 第二章・完 ――


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