前回→"好き"と"関心"を巡る冒険 第三章 Spring-3 - Sato’s Diary
全話リストはコチラ
新しく入った会社は、営業と開発が近かった。
大企業グループだった前職では、営業といえば、
- プロジェクトの飲み会のセッティングをする人
- コンピュータにハード要件を入力して算出された数字と、子会社から上がってきた開発予算に自分たちのマージンを乗っけた数字を足し合わせて、お客さんのところに持っていく人
という印象だったが、この会社の営業は全く違った。
最初にびっくりしたのは、
彼らがシステムの仕様を理解していたことだ。
システムで何か問題が起こったときに、担当営業が開発部の席に来て、
開発部社員と一緒にシステムの画面を見ながら、
「じゃあ、ここをこんな風にできない?」
と意見を言ったりしながら、
「わかった、じゃあ、こういう風に俺からはお客さんに説明しておくから」
と、具体的に状況を理解した上でお客さんへ報告しに行ってくれるのだ。
私は目を丸くして、それを眺めていた。
「あいつら、別に全然理解してねーよ。
勝手にお客さんに盛った話をするから、気をつけといた方がいいよ」
O野さんやO島さんは、そう言うけれど、
(いやいや、これは凄いことだよ…)
と前職の営業の姿を思い出しながら、私は唸った。
次にびっくりしたのが、簡単な現地作業なら、
頼めば営業が顧客訪問ついでに済ましてくるということだ。
「もしもし? ちょっと教えて欲しいんだけど。
今、お客さんのところのマシン室で、
O野さんから渡された手順書を見てるんだけど、コマンドプロンプトって何?」
と、ある日、営業のH野さんから電話がかかってきた時には、さすがに爆笑した。
O野さん、さすがにそれは頼みすぎだ。
* * *
会社の保有しているプロダクトに、
顧客固有の要件に対応した機能を盛り込んでカスタマイズ提供する、
というのが、この会社で多く行われている開発だった。
営業途中の案件についての開発見積依頼が、営業から開発部によく回されてきた。
営業の人によって、レベル感にバラつきはあったけれど、
見積依頼が来た時点で、システムの仕様は大分落とし込まれていた。
「顧客の業務がこうなっていて、うちのシステムがこうだから、
こういう機能をカスタマイズして作ってくれれば、
こういうことが実現できると思うんだ」
そんなレベルまで落とし込まれていた。
営業活動の段階でここまで落とし込まれていたら、
そりゃぁ、営業がシステムの仕様に熟知しているのも当然だな…と私は再び唸った。
* * *
「最近わかったんですけど、俺たち営業にとっては受注取るのがゴールだけど、
開発の人たちにとっては、そこがスタートなんですよね」
ある時、私が担当していたプロジェクトの担当営業のH尾さんと飲んでいた時に
H尾さんがそんなことを言った。
「俺たちが苦労して取ってきた案件を、
開発の人に『こんなのできねーよ』って言われると、
『こっちがどんだけ苦労して取ってきたと思うんだよ』って、
むかーっとなるけど、
開発の人にとってはそこからがスタートで、
無茶な案件が来たら苦労するのは彼らだからなんですよね」
たくさんの見積依頼をこなしていると、
営業の彼らがあれこれ工夫を練っていることや、
多くの営業活動が実を結ばずに苦労していることなどがよくわかる。
私は、1年前の炎上プロジェクトを思い出す。
「開発体制が整いません、できません、って言えばよかったのに」
そう言う私に、
「断れねーよ。やるしかねーんだよ」
そう返したO野さん。
営業が時に何年もかけて繋げてきた努力を、
無下に断ることはできない。
それも、今はわかる。
だけど。
開発部の社員が月あたりの残業200時間超えで働きづめ、
そういう事態になったことを、開発部のマネージャーとリーダーが責められる。
(それも、やっぱり違うよね…)
開発部では、
「人が足りない、人が足りない…」
口を揃えて、そう言っている。
けれど、
単純に人を入れることで解決する問題ではないように思うのだ。
* * *
経営理念では、「技術の会社」を謳っているけれど、
現在の2代目社長が営業職出身なためか、
営業の声の強い会社だった。
ある時、あるプロジェクトで、
開発部の社員が営業資料を派遣社員に見せて、開発内容について説明しているのを
営業社員が見咎めて、「何してるんだ!」とすごい剣幕で怒り、
開発部に注意が下される、という事態があった。
私は問題となった資料を見ていないけれど、
マネージャーたちや関係者の話を聞くと、
開発部の人間の感覚からすると、
「これは、自分でも普通に見せてしまうかもしれない…」
と思う内容の資料だったらしい。
営業の人と会話を交わしていくうちに、
営業と開発では、価値観や文化が大きく異なることがわかってきた。
営業の人間にとっての価値・目的は、
「自分が案件を受注すること」
だった。
同僚ですらライバルで、とにかく自分が案件を受注して
目標売上を達成すること。
それが何よりの価値・目的だった。
「Aさんが俺のパワポを丸パクリしてて、すごいムカついたんですよ」
ある時、H尾さんが同僚のAさんについて、そう怒っているのを聞いた時、
(「それだけ良いパワポを俺作ったんだな」って喜べばいいのに)
と、私は不思議に思った。
開発の人間にとっては、
「良いシステムを作ること」
が目的であり価値あることだった。
だから、そのために、目的や情報の共有は積極的に行うし、
自分の作ったソースコードが他で流用されることは、
自分の作ったものに価値があるということで、嬉しいことだった。
それに、私たちの会社が作っているシステムを含む、世の中に数多あるシステムの多くは、OSSと言われる、世界中の有志の手で作られた、たくさんの共有資産を使って作られている。
そういった、共有資産の恩恵を受けて、
その上に成り立っているものを売っているのだ。
そして、何よりも良いシステムをお客さんに対して提供することが、
価値あることのはずだ。
そこに気づかずに、
「これは俺のものなんだ! 俺の成果に何しやがるんだ!」
なんて言って開発部を一方的に怒鳴りつけるなんて、なんだか視野が狭すぎるよなぁ…
と、私は営業資料騒動の時に感じた。
* * *
ある時、国際フォーラムで営業の展示会があり、
手伝うなら会社のロゴ入りポロシャツをくれるというので、
のこのこと手伝いに行った。
自分たちのブースに自社製品を展示して、
来場者に説明するのだ。
とはいえ、私は喋りは下手くそなので、やるのは設営の手伝いくらいで、
人が来たら、近くの営業の人に説明をお願いしていた。
「すみません、この製品ってどういうものなんですか?」
ブースに来た女性に声をかけられた。
周りを見渡すと、他の営業の人たちはみんな他のお客さんへの説明に
かかずっていた。
下手な説明でも、しないよりはマシだろう…と思い、
私はしどろもどろながら説明し始めた。
女性は、ふんふん、と頷きながら私の説明に耳を傾けてくれた。
自分が開発に関わっているシステムの説明をして、
それを聞いてもらえるのは、やはり嬉しい。
少し楽しくなりながら説明していると、
不意に後ろから、
「その人、スパイだから適当にあしらって」
営業のK口さんが耳打ちしてきた。
(え…?)
目の前の女性は、普通に、それでそれで?と聞いてくる。
女性をまじまじと見ながら、
(適当にあしらうって、どうやって……?)
私は戸惑う。
困り顔になった私を見かねて、K口さんは私の横に立つと、
「御社でも似たような製品を扱ってますよね?」
と、女性に声をかけ、
微妙な顔つきになった女性はブースを離れていった。
しばらくすると、
「○○社の資料、手に入れて来ました!」
ブースを離れていた営業の社員が、そう言って戻ってきた。
「おぉっ、よくやった!」
そう言って、他の社員たちが迎える。
そんな彼らを、私は一歩離れたところから眺めていた。
(スパイ合戦…。そんなものがあるのか……)
「本日はみんな、お疲れ様!
後半は結構なお客さんがブースに来てくれたし、
Satoさんもスパイの対応してくれてありがとうね。
みんなでチームワークで乗り切って、成功だったと思います!」
ブースの片付けを終えると、営業マネージャーのI田さんがそう言って場を締めて、みんなが拍手した。
私はそれを微妙な愛想笑いを浮かべながら聞いていた。
なんだか、自分が生きてきた世界と全く異なる世界を垣間見た気分だった。
(なるほど、こういう過程を経て、ひとつひとつの案件の受注に繋げていくのか…)
営業の社員が、自分の資料を囲い込む背景が
わかった気がした。
こういう風にして受注された案件、獲得されたお金でもって、
私たち開発部の社員の給料だって賄われているのだ。
その現実を見ずに、彼らの態度に首を傾げるのも、また違うだろう。
だけど。
と、私はやっぱり思う。
世界全体を俯瞰して見た時に、
こうやって、スパイ合戦をしあうことによって生まれている価値は、
何もないよな、と。
(今日のこの時間、会社でソースコードを一行でも書いていた方が、
私はこの世界に価値を産み出せていたような気がするなぁ…)
慣れない一日にぐったりしながら、
私はそんなことをぼんやりと思った。
(つづく)