"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 後編 vol.4

(前回のあらすじ)
2代目センター長のH野さんから1年放置され、
センターの仕事に注力できない状態に置かれた挙句、
ジョブローテーション希望一覧に名前を挙げられていたことを知り、
私はショックを受ける。

前回→"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 後編 vol.3 - Sato’s Diary
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2012年4月。

H野さんにジョブローテーション希望に上げられたことに落ち込みはしたが、
それでも、センターに残ることができたので、
「頑張ってセンターの業務を整えて、1年後には、
『あの時、あいつを外に出さなくてよかった』
 ってH野さんに思ってもらおう」
そう自分を奮い立たせて、私はセンターの仕事に打ち込もうとした。

しかし。

「人事部がまた研修のレビュアーをお願いしたいらしいから、手伝ってやれ」
H野さんが言った。
「いやいや、何回、私は人事部の手伝いをすればいいんですか。
 いい加減、センターの仕事に集中したいので断ってください」
言うも、
「こんな時期に頼ってくるんだから本当に困ってるんだろ。
 だから手伝ってやれ。
 センターの仕事は、メンバーに振る形でうまくやれ」
そう返された。

センターで私がやる必要のある仕事は、センターの業務の整理であって、
開発作業の契約で入ってもらっている協力会社のメンバーに
振る内容ではない。

そこが、最後の最後まで、H野さんには伝わらなかった。

ハード部署一本で来て、還暦近い年齢の彼にとって、
ソフトウェアと言えば、ハードに付属するおまけ的なツールしか想像がつかず、
「こんな感じのもの作って」
と言えば、開発会社の人が安く、ちゃちゃっと作ってくれるものしか
イメージできなかったのだ。


「あいつらには、話が通じない」
昔、会社が合併した頃、
ソフトウェア部署で尊敬していたS統括部長が言っていた台詞が
この頃、よく思い出された。

ソフトウェア部署の幹部社員と、ハード部署出身の経営層たちの話が
噛み合わなかったのは、視座の違いだけではなかったのだ。
互いの業務に対する無理解も、確かに原因にあったのだ。


協力会社のメンバーに振れる内容の仕事ではないのだと、
H野さんに私は食い下がったが、
「じゃあ、それでもセンターの仕事をやりたいっていうなら、
 ESの仕事を削れ」
そう言われた。

この頃、ES活動では、
社内ウィキWGをリーダーとして推進している状態だった。
とても離れられる状態ではなかった。

 * * *

人事部からの仕事は、
H野さんが、人事部に対してポイント稼ぎすることと、
センターの出費(私の人件費)を抑えることが目的じゃなかろうか、
と私は疑い、人事部の担当のところに足を運んで状況を確認した。

しかし、確かに研修の担当者は困り顔でいた。
それで、私は仕方ない…と研修の仕事を再び引き受けた。


今の私なら、
毎回、一部の社員に負担をかけるような形でしか運用できないならば、
それは人事部の研修の形に問題があるのであって、
人事部が解決するべき課題だ、
と、きちんと突き放すだろう。

だけどこの時の私は、それが言えなかった。

ソフトウェア部署の技術力の低さも、会社の課題だと感じていた私は、
若手へのプログラミング研修が頓挫しかねない状況に
目をつぶることができなかったのだ。

 * * *

そんなわけで、私はこんな状況で1年くらい、
センターの仕事と、ES活動と、人事部の手伝いの3つをこなしていたのだが。

以前も書いた通り、私たちの会社は、
部署やプロジェクトごとに財布を持っていて、
その中でやり繰りする方式だったのだが、
2011年後半くらいから、会社の業績が振るわなくなり、
会社全体的に、各部署の幹部社員たちへ出費を抑えるように、
プレッシャーがかけられるようになった。

そしてこれが、3つの組織の仕事をこなしていた私に影響した。

たとえば、ある日の仕事の内訳が以下のようだったとする。

  • センターの打合せ:2時間
  • ES委員会の打合せ:2時間
  • 人事部のレビュー作業:3時間
  • その他もろもろの雑務(移動時間、作業の合間の休憩など含む):1時間

この時に、最後の『その他もろもろの雑務』の費用を
出してくれるところがないのだ。

社員は、各部署やプロジェクトから、
自分の作業時間を割り当てるオーダー(単位は時間)というものをもらって、
それを月末に提出する作業報告に割り当てて報告する。

1つの組織の仕事だけをしている社員ならば、
移動時間や休憩時間も含めて、普通にオーダーを払い出してもらえる。

また、業績の良かった頃は、
どこも大らかにオーダーを出してくれていたので、
移動時間や休憩時間だって、どこかしらに付けられた。

だけど、各部署で財布の紐を締め出したこの頃、
各部署は、本当に最低限のオーダーしか払い出してくれなくなったのだ。


じゃあ、どこにも付けられるオーダーのない時に、
残りのこの1時間を何に割り当てて作業報告するかというと、
『どこの部署の仕事でもない間接作業』
として、会社が用意しているオーダーを割り当てることになっている。

しかし、これを割り当てすぎると、詳細な説明は割愛するけれど、
会社の最終決算の時に利益が計画段階よりも下がってしまい、
会社としてこれまた問題となるので、
一社員あたりが使用していい割合が決まっていた。


なので、この頃の私は、毎月の作業時間の申請時には、
各組織からは最低限のオーダーしか払い出されず、
残りの時間を間接作業として申告するにも、会社から指定されている上限を超え、
そんな状況に、
「どうしろっていうんだ!」
と叫びながら、数字をこねくり回して、
数時間かけて、なんとか帳尻合わせをしようと頑張っていた。


目の前に、たくさんのやらなければいけない仕事、やりたい仕事があるのに、
なんだって自分は、こんな不毛なことに自分の時間を使っているんだ!?

私は、自分にとって意義があると思えることに、
自分の人生の時間を使いたい。

そう強く思った。

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 * * *

(そもそもこれは、会社の仕組みの問題だよな…)

そう考えた私は、ES委員会で議事に挙げようとした。

けれど、私がES委員会でこの話をしかけたところで、

「オーダーがないから仕事ができないなんて、言い訳だ」
幹部社員クラスのある社員が、そう言った。

(は? これだけ仕事をしている私に、何を言っているんだ??)
そう思った。

だけど、ES委員会の他のメンバーたちも、
私の話にそれ以上耳を傾けようとすることはなく、
そこからは、経営層や幹部社員たちだけがわかる内容の話に流れていった。

この頃、予算削減の影響は、ES委員会にも表れていて、
どこかピリピリとした雰囲気になっていた。
私に「言い訳だ」と言った社員も、
予算削減の影響で、「オーダーがないので…」を言い訳に
仕事を断れることが多くなり、そのストレスがあったのだろう、
と後で他の人から聞かされた。

だけど、この場は、
それぞれが、それぞれの立ち位置で見えていることを共有しあって、
課題を解決していく場ではなかったのか?

私に見えている景色の話に耳を傾けず、
経営層や幹部社員たちだけがわかる言葉で、
あーでもない、こーでもない、という話をするのは違うんじゃないか?


ES委員会では、
私が主導して実現したボウリング大会や社内Wikiを成果として掲げていた。

だけど、それを実現していくための裏の苦労や問題からは目を背けられて、

”あなたは『明るく、楽しく』の部分だけ
 やっていてくれ”

ES委員会のメンバーたちからは、
そんな風に都合よく扱われているように、この頃の私は感じていた。

 * * *

だけど私は、ES委員会の成果のために、
ボウリング大会をやったり、社内Wikiを作ったりしているわけではないのだ。

Satoという一人の人間として、
この会社を良くするために、やっているのだ。

だから、このオーダーの問題だって、
私が会社の問題だと思ったからには、何とかするのだ。

意味のない数字のこねくり回しに時間を使うよりも、
問題を解決するために、私は私の時間を使いたいのだ。


私は経理部にいる同期のYちゃんの元へ行き、
会社のお金の仕組みについて、
わかりやすく書かれている資料の在り処を教えてもらった。

そして、その資料とにらめっこしながら、
私が現在直面している問題が発生する構造と、
その構造から生まれる他の問題、
そして、それらを解決するための案を提示したスライド資料を作った。

もちろん、どこからもそんなオーダーはもらえないので、
就業時間外にだ。

その資料を、Yちゃんと、課長職のK池さんの2人にレビューしてもらい、
私の観点に漏れや誤りのないことを確認してもらった上で、
久しぶりにES向上掲示板の投稿ページを開いて、そこに上げた。

ソフトウェア部署にいた頃、プロジェクトメンバーを取り戻すために
喧嘩腰で書き込んだ、全社員が見ることのできる、懐かしの掲示板だ。

この問題を放置していたら、より大変なことになりませんか?
お金のことで大変なことになっている今だからこそ、
きちんと向き合わなければいけない問題ではないですか?

そう書き添えて。


これに対する、表立った反応は、ほとんどなかったけれど、
幹部社員を含む色々な人に読まれている、という話は、人づてに聞こえてきた。

そして、ES委員会&会社のお財布担当のU常務が
話を聞きたいから、ということで、
U常務、経理部のYちゃんと経理部長を交えて、話し合いの場が設けられた。


「数字をいじる必要はなく、実態を作業報告してくれればいいんだ」
そうU常務は言った。

本来あるべきは、その通りだ。
現状に問題ないかをチェックするための数字をいじってしまったら、
結局、問題が隠蔽され、気づいた時には手遅れになるだけだ。

けれど、間接作業比率の多い部下がいると、
幹部社員の評価に関わるという実情があった。
「経営層は口ではそう言うけど、実際にそんなことしたら、
 うるさく言われるのは俺らだ」
複数の幹部社員が、そう言うのを私は聞いていた。
だから、数字のこねくり回しが発生する事態になっているのだ。

経営層、幹部社員、一般社員。
それぞれの立ち位置、事情によって、引き起こされている問題なのだ。


結局、
「経営層として、おおっぴらに
 『何も工夫せずに、無制限に間接作業を割り当てていい』
 とは言えないけれど、
 無意味な数字のいじくりまわしは、本末転倒なのでやらなくていい」
ということになり、
私自身は、そのままの実態時間を作業報告に上げることと、
その結果、私の間接作業時間が多くなったとしても、
私の上司の評価に響くことはない、
という確約をもらい、それを上司に伝えて、
以降、不毛な数字のいじくり回しから解放されることになった。

私一人の問題が解消すればいいわけでは、もちろんないけれど、
U常務的におおっぴらに言えないのもわかるし、
誰かが問題を解決してくれるのをただ待つのではなく、
一人ひとりの社員が問題を認識して、行動することも大事かな、
と思ったので、
「もしも同様の問題を抱えている社員が私に相談してきたら、
 同じ方法を伝えていい」
という許可だけ、もらっておいた。

残念ながら、相談してくる社員はいなかったけれど。

(つづく)

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