"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 中編 vol.9

(前回のあらすじ)
コミュニケーションWGにて、壁問題の構造を紐解いていった結果、
ソフトウェア部署とハード部署の幹部社員間の壁が
なくなりさえすれば全て解決する、という結論に辿り着き、
『ハードとソフトウェアの幹部社員が仲良くなるように、経営層が取り持って!』
という提案を経営層にすることになった。

前回→"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 中編 vol.8 - Sato’s Diary
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2011年2月。
ES委員会が主催する、社員のES向上を目的とした、
恒例になりつつある1泊2日の研修旅行が催された。

この研修旅行には経営層たちも来ていたが、
彼らは社員たちが討議しているのとは別の場所で、
コンサル指南の元に別プログラムで様々なことを検討していた。

研修旅行2日目の昼前。
社員たちが2日間の討議内容についての発表準備をしている裏で、
私はコミュニケーションWGの代表として、
合併した部署間のコミュニケーションを促進するための施策を
経営層へプレゼンするために、彼らの集う部屋へ案内された。

そこは、長椅子と大きなテーブルの用意された
小さな宴会場のような部屋だった。
社長を含めた、合計6人の経営層たちが、高い背もたれの瀟洒な椅子に腰を掛けていた。


ES委員会を推進しているU常務を除いて、
私にとっては、人となりもよくわからない人達だった。

若干の緊張はあったが、
私たちの会社が抱えるコミュニケーション問題の背景を
充分に紐解いた上で考えた施策だったし、
WGメンバーで何度もレビューを重ねたプレゼン資料には自信があったし、
どんな質問のボールが来たって、全部打ち返す自信もあった。

それに、あくまで提案なのだから、
自分たちの持ってきたままのものを押し通す必要はなく、
異なる視点の意見が出されたら、
それも取り入れて、施策をブラッシュアップしていけばいいだけなのだ。

そんな気持ちで、私は意気揚々とプレゼンを始めた。


ところが。


全部で15枚くらいある資料の2, 3ページ目くらいだったろうか。

「こういう構造によって、ソフトウェア部署の社員たちからは、
 自分たちの上司が阻害されているように見えています」

わかりやすい図を描いたスライドを使って、
そんな話を私が説明したところで、だ。

「俺は疎外していない!」
経営層の一人が言った。
彼は、ソフトウェア部署の事業部長を担っている人だった。

「いえいえ、『疎外している』なんて言ってないです。
 『疎外しているように"見えている"』って言っているだけです」
私は言うも、
「いーや、俺は疎外していない!」
その一点張りだった。

まだプレゼンの前段だった。
別にあなた達のことを責める内容じゃないんだから、
とにかく、この後の話を聞いてよ…と思うも、そこから先に進まない。

他の経営層たちも、何の助け舟を出してくれることもなく
ただ黙っている。

そうして、そこで不毛な押し問答が20分続いた末、
「Satoさん、そろそろ昼食だから…」
ES委員会の運営メンバーが申し訳なさそうに私に告げる。

ちーん。
本題に入る前に、まさかのタイムオーバーである。

想像だにしていなかった展開に、私は茫然唖然と立ち尽くした。


あとで聞いた話によると。

経営層たちは、それぞれあまり仲が良くなく、
社長のMさんを介して、辛うじてまとまっているような状況で。

「俺は疎外していない!」と言っていた彼は、
経営層の中で一番の若手で、
「あいつに事業部長を任せて大丈夫なのか?」
そんな風に他の経営層たちから言われている状況らしく。

だから彼的には、
「やっぱあいつにソフトウェア部署の事業部長を任せてたら
 駄目なんじゃない?」
と周りの経営層から思われることを怖れて、
必死に「俺は疎外していない!」と言い張り、

周りの経営層は経営層で、
「あいつズレたこと言ってんな~。まぁ、俺は別に知らね」
みたいに放置。

というのが、このプレゼンの時の内幕だったらしい。

しかし、この時の私はそんなことを知るべくもなく。


 * * *

「あいつらですよ! 問題の根本原因はあいつらですよ!
 あんな、人の話を聞く姿勢の全くない、
 あいつらがこの壁問題の根本原因ですよ!!」

研修会場のホテルからの帰路、
私は経営層や社員たちが乗る送迎バスは使わずに、
WGメンバーであるK池さんの運転する車に乗せてもらい、
その車中で、ひたすら吠えていた。

「あんな偉そうな椅子に座っているから、性根まで偉そうになるんですよ!」
ひたすら叫ぶ私に、
「いいぞ、いいぞー」
私のプレゼンに付き添いで立ち会っていて、
状況をつぶさに見ていたK池さんが運転しながら囃したて、
「え?何があったの? 何?何?」
と、プレゼンの様子を知らないWGメンバーのHさんが興味津々で聞いてきて、
たまたま同乗していたK池さんの知り合いの課長さんが
私の様子を何事かと見守っていた。


車を降ろしてもらって一人になってから、
(これから、どうしよう…)
もーん、と考える。

せっかく、ここまで丁寧に問題の原因を掘り起こしてきたのに、
WGメンバーも一緒に前向きになって一生懸命プレゼン資料を用意したのに、
私は彼らに何と報告すればいいんだ。

「やっぱ、会社を変えるとか無理なんじゃね?」
WGに入って、せっかく前向きになってきてくれたO村さんの、
そんな言葉が耳に聞こえてくるような気がして、
私の気持ちは沈み込むのだった。


(つづく)

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