"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 中編 vol.5

(前回のあらすじ)
ES委員会への参加を通して、上の人間への不信感が拭い去られ、
自分も文句を言うだけでなく動き出そう、という気持ちになった私は、
コミュニケーションWGのリーダーに立候補する。

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ES委員会での主な活動内容のひとつに、社員討議合宿があった。
会社から離れた温泉地に、経営層とピックアップした社員40名ほどを連れ出して、
金土の1泊2日で会社や仕事のことについて徹底的に討議するものだった。

「なんで土曜日にまでそんなものに連れ出されなければならないんだ…」
と、渋々来てもらった社員にも、最後には
「来て良かった!」
と思ってもらえるようなプログラムを、
ES委員会で毎回何度も検討を重ねて徹底的に作り上げていた。


私がES委員会に入ってすぐの頃に、第2回目開催となる、その討議合宿があった。

「コミュニケーション目的もあるから、
 なるべくソフトウェアとハードの両方の部署の人達に来て欲しいんだけど、
 ソフトウェアの人達、なかなか来てくれないんだよね…」
ESの事務局をやっている、同期のYちゃんが言った。

私はまだその合宿に参加したことはなかったけれど、
Yちゃんの話や、参加し始めたES委員会の会議の雰囲気から、
たぶん、それなりに良いものだろうと思えていた。


だから、いつも常駐先にいるソフトウェア部署の社員が
それなりに本社に戻ってきた全社会開催日に、私は見知った彼らに
「一緒に行ってみませんか? 何か面白そうですよ。
 会社に対して思ってることとかも吐き出せるみたいですよ」
と、片っ端から声をかけてみた。

しかし、この時の彼らの反応は本当にひどかった。

普通に断られるくらいまでは想定内だったけれど、
私が断られては、また別の人に声をかけているうち、
私が近づいた瞬間、何も言い出す前に
「あ、私いいんで」「あ、自分も」
と笑いながら手をひらひらさせたり、
知り合いの社員を私が熱心に口説いていたら、
横から別の先輩がそんな私のことを茶化してきたり。

先輩も後輩も、完全にそんな嘲笑ムードだった。

私は内心腹が立った。

(あなたたちは、いつも会社に対する愚痴や文句ばかり言っているくせに、
 なんなんだ?
 きちんと意見を言える場には来ないで、
 陰で愚痴や文句だけ言ってるっていうのは、なんなんだ!)


だけどそれでも私が諦めなかったのは、
「90周走るから」と決めていたこともあるけれど、
ひとりの先輩にまつわる思い出があるからだった。

 * * *

2010年8月。
休職から明けて、ハードの部署に配属になったばかりの私の耳に飛び込んできたのは、
休職前に、プロジェクトリーダーを引き継いでもらって後を託した、
Y崎さんが退職するという知らせだった。

Y崎さんは仕事ができて、優しくて、
だけど言うべきことは、きちんと上にも下にも言う人で、
若手社員からは大人気で、ベテラン社員からも可愛がられていた人だった。

私がリーダーを降りることになり、課長がリーダーにY崎さんをアサインした時、
彼が一瞬だけ躊躇していたのを思い出す。
もしかしたら、あの時、既に彼は転職活動をしていたのかもしれない。
それでも、体調を崩していた私から、
嫌な顔ひとつせずリーダーを引き継いでくれたのだ。


Y崎さんの送別会の日。
開始時間の1時間ほど前に、偶然、会場の店近くで
Y崎さんと出会い、
「Satoさん、無事復職したんだね、良かった。
 ちょっと一杯、先に飲んでいかない?」
そう誘われ、二人で近くの飲み屋に入った。

「Satoさんからプロジェクトを引き継いだのにリリースできなかったこと、
 ちゃんと謝っておきたかったから、今日会えて良かったよ」
席に座ると、Y崎さんはそう言った。
私がY崎さんに後を託したプロジェクトがリリース日未定のまま、
宙ぶらりんになっていたのだ。
けれど、その経緯はS課長から聞いており、Y崎さんには何の責任もないことだった。

「何で辞めるんですか?」
私は彼に尋ねた。
Y崎さんは少し目を伏せて、
「…だって、どれだけ言っても、変わってくれないじゃん」
そう、小さく言った。

頑張る人だけが頑張って、そして、疲れて辞めていく職場だった。

Y崎さんには小さな娘さんたちがいて、その成長を近くで見ていたい思いがあり、
けれど、いつも深夜帰り、休日出勤で。
優秀な彼は、頑張れば頑張るほど、仕事が増えていった。

やるべきことはきちんとやって、言うべきことはきちんと言う人だった。
彼は、何度も課長に状況の改善を求めていた。
だけど何も変わらなかった。


その後の送別会で、最後、Y崎さんは泣いていた。
優しい人だった。
職場に対して想いのある人だった。

それまでも、身近な先輩や同期、後輩が辞めていくのはよくあることだった。
だけど、彼らは
「もうこの会社いいし」
という感じで、会社への想いをなくした状態での退職だった。
だから私も、寂しさは感じても、胸が痛むことはなかった。

だけど、Y崎さんは、
まだ想いがあって、だけど疲れて辞めていくのだ。

私はY崎さんや、彼を入社以来見守ってきたベテラン社員のおじさんたちが
目を赤くしているのを見ながら、
「あの時、私が思っていたことを伝えていたら、
 もしかしたら、今、Y崎さんが辞めることはなかったのではないだろうか?」
そんなことを考えていた。

――・・・

その半年前、私がY崎さんにリーダーを引き継いだ頃。
2人で打合せをしていた時に、普段、愚痴などあまり言わない彼が、
「毎回、毎回、同じ感じで嫌になっちゃうよね」
そうこぼしたことがあった。

ちょうどその頃、私は、同期のIちゃんやYちゃんから
合併先の部署は、全然雰囲気が違って、
残業無限ループではなさそうだということを聞いていた。

「向こうの部署は何か雰囲気違うみたいですよ」
そう言ってみようかと思った。
だけど、まだ確実な情報ではないし、
ついこの間まで、私自身が合併先の部署に対して悪感情を抱いていたような
状況だったのだ。
いきなり私がそんなことを言い出したら、
大好きなY崎さんから怪訝な眼差しを向けられてしまうかもしれない。

(まぁ、まだ確実な情報じゃないし…)
そう思って、私は、その時何も言わなかった。


もしもあの時、言っていれば。

Y崎さんの送別会の時、私は新しい部署に入って1か月足らずだったが、
既に明らかに色々なことが違うことはわかっていた。

(伝わらないかもしれないことに怯えて、伝えることを諦めて、
 こんな風に去ってほしくない人を見送るのは、もう嫌だな…)

唇を噛みしめながら思った。
ただの先輩と後輩の関係の私たちは、Y崎さんが会社を辞めてしまったら、
それきりだろう。

「伝わらないことに怯えて、伝えることを諦めるのはもうやめよう」
この時、そう決意した。

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だから。

どこかに伝えることで何か変わるかもしれない人が、
一人だっているかもしれない。

私は周りの嘲笑にむかつきながらも、
(「90周走る」と決めた人間を、なめんなよ)
と思いながら、誘うこと、伝えていくことをやめなかった。


(つづく)

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