"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 後編 vol.9

(主な登場人物)

  • 私…ハード部署の保守センターの業務を整えようとしている。籍はソフトウェア部署。
  • Yさん…初代センター長。私をセンターに入れた人。
  • H野さん…2代目センター長。私の仕事が理解できない人。
  • K松さん…センターの実務をこなす課長。ただでさえ多忙なのに、仲の悪い上の人達の間に挟まれて、さらに大変な人。
  • Aさん…新しくセンターにやってきた部長。ある日を境に、私に罵声を浴びせるようになる。
  • K部長…ソフトウェア部署側の上司。基本的に年に4回の成果面談でだけ会話する人。

(前回のあらすじ)
チームリーダーの責務を果たせない状態になった私は、
ようやく、AさんのことをK松さんに相談する。

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K松さんに相談したことで、気持ちに少し余裕を取り戻せた私は、
その夜、家に帰ってから、
「これから自分はどうしたいのか」
を考えた。

『何度でも目的に立ち返って考える』
それが、コミュニケーションWGやウィキWGを推進する中で
身につけたことだった。

私のやりたいこと、目的は、
「センターの業務を整えること、それを推進すること」だ。
この目的を叶えるための、最善手は何だろうか?

センターの業務を整えるためには、
協力会社を含むセンターの関係者全員に協力してもらう必要があり、
幹部社員のフォローは絶対に必要だ。

だけど、
K松さんは、どうしたって多忙だ。
H野さんは、能力的にどうしても、私のやろうとしていることが理解できない。
そうすると、残るのは、やはりAさんとなる。


私は考える。

そもそもの、Aさんとこじれていったきっかけは、
間違いなく、11月中旬の進捗会での出来事だ。

あそこでAさんが私のことを
「スキルが低いのに生意気なことだけを言う社員」
と認識したことが、そもそもの始まりだ。

あの後、何人かの人に相談して、
「リリースを優先して、ツールが異常終了した時には手動で再起動する」
という私の判断に問題があるかどうかを聞いてみたが、
その判断にはやはり問題はなさそうだった。

だから、たぶん、
前提の共有が不足していたことが問題だったのだろう、と
私は考えた。

Aさんは、システムの異常終了など許されない
厳しい顧客のプロジェクトから来た人だ。
大人数を投入して、堅牢なシステムを開発することが求められるプロジェクトと、
多少のシステムの問題は許容するから、少人数でスピーディに柔軟に
開発することが求められるプロジェクト。

Aさんにとっては前者が当たり前で、
他の人間にとっては後者が当たり前だった。
それぞれにとっての当たり前が食い違っていることに、
あの時、誰も気がつかず、誰も説明しなかったのだ。


そこをAさんにきちんと説明して、
彼の誤解を解くことさえできれば、
Aさんともう一度やっていくことはできるのではないか?

今の彼は、私の話を聞く状態にはない。
だけど、K松さんに同席してもらって、
きちんと私の話を聞いてもらえる場を用意してもらえれば、
何とか話を聞いてもらえるのではないか?

誤解さえ解ければ、
もう一度、一緒にやっていけるのではないか?

だって、
『業務を整えることが最優先だろ』
あの最初に相談した時の、彼のあの言葉が、
私は本当に嬉しかったのだから。


(うん。これが、最善手だろう)

こうして私は、自分の次の行動を決めた。

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 * * *

翌日。

「ちょっとお話し良いですか?」
とK松さんに声を掛けると、
「あぁ、自分もSatoさんに話があるんだ」
そう返ってきて、K松さんと会議室に入った。

会議室に入ると、
「実は…昨日あの後、会議室を出たところで、Aさんにつかまって、
 『Satoさんと打ち合わせしていたみたいだけど、何かあったの?』て聞かれて…
 どうしようかと思ったんだけど、思い切って話したんだ」
そうK松さんは言った。

(事案的にAさんに話していいのか?)
と私は思ったが、K松さんが嘘やごまかしの苦手な人なのはわかるし、
どうせこれから、私はAさんと話そうと考えているのだから、まぁいいか、
と思いながら、K松さんの話を聞く。

「本人は俺の話を聞いて、
 『自分はそんなつもりはなかったんだけど、Satoさんを悩ませて
  しまっていたなら悪いことをしてしまったね』
 って言っていたんだけど…」

つもりがないわけないだろ。
と思うが、まぁ人間、そう言うものだろう。

人の良いK松さんも、さすがに
「ただの思い過ごしだったね」なんて、
おめでたいことは言わず、ちらっと私の表情を伺う。

「『でもそんな風に怯えさせてしまったのなら、自分は彼女から離れた方が
  いいのだろうね』
 そうAさんは、言っていたのだけど…」
K松さんがそう言ったところで、
私は、昨夜考えてきたことを話した。

そもそものきっかけは、11月の進捗会での誤解から始まったことなので、
その誤解を解きたいこと。
そのために、K松さんに同席してもらった上で、
Aさんと話す場を設けてほしいこと。


私の話を聞いたK松さんは、
「いや…でも、こういうのは当人同士を離すのがいいもので…」
と戸惑いの様子を見せた。

「当人の私が話したいと言っているんだから、話させてください。
 私はセンターの業務を推進したいんです。
 そのために、Aさんの誤解を解きたいんです」
私は食い下がった。

最後、K松さんは、
「わかった、じゃあ、Aさんに聞いて、話す場を設けるよ」
そう言ってくれた。

 * * *

そうして、K松さんに調整してもらって、
数日後に、話し合いの場を設けてもらった。

しかし、当日。
会議室でAさんとK松さんを待つ私の元へ、
なぜかK松さんだけが姿を現した。

「『Satoさんは俺のことが怖いだろうから、K松と二人で話すのがいいだろう』
 ってAさんに言われて…」
そうK松さんは言った。

いやいや。K松さんと二人で話しても仕方ないでしょ。
私はAさんと話しがしたいのだ。

言うと、
「そうだよね…ごめん、もう一回調整する…」
K松さんは、すごすごと引き返していった。

 * * *

結局、そのさらに一週間後の進捗会の後に、
3人の話し合いの場は設けられた。

私の斜め前に座るAさんは、私の方は見ず、
仕方なくそこにいる、とっととこの場を終わらせたい、
という風情でいた。

「きちんとお話しさせていただきたくて、
 お時間いただきました」
そう言おうとしたところで、
途中で声が震えて、体がガタガタと震えだした。

この時、私は初めて、
(あぁ、私は本当にパワハラに遭っていたのだな…)
そう自覚した。


たとえば、ソフトウェア部署の上司であるK部長も
私に対する発言が相当にひどい。
こっそり録音して、しかるべきところに出したら、
パワハラで訴えることができるんじゃないだろうか。
と思うことが、たびたびあるくらいだ。

だけど、そんなK部長と、
成果評価のたびに二人きりで面談して真向かっていても、
こんな風に震えたことなど一度もないのだ。


私はそれでも呼吸を整えて、
「すみません、うまく話せなくて…
 それでも、きちんとお話ししたいので、聞いてください」
そう言って、つかえつかえに、11月の進捗会での話を始めた。


Aさんは私の様子と話の内容に、
明らかに自分の誤解があったことに気づいた様子ではあったが、
謝ることはなく、
「あぁ、まぁ…11月の進捗会での君の説明が足りなかったよね」
「自分はそんな厳しく言っているつもりはなかったんだけどね」
目を背けたまま、そんな言葉を返してきた。


本当は、誤解に気がついた彼に謝罪してもらって、その上で、
「いいですよ、私も誤解で突っ走ってしまうことはありますし、
 『業務が最優先だろ』って言ってくれたあの言葉が本当に嬉しかったので
 これからもよろしくお願いします」
そんな風に私が返すハッピーエンドを夢見ていた。

だけど、自分の過ちを認めることのできない人間も、
残念だけど世の中にはいるのだ。

Aさんがそういう人であるということは、仕方がない。
私の目的は、あくまで「センターの業務を推進すること」だ。
謝罪の言葉はなくとも、
彼自身が明らかに誤解でやらかしてしまったことに気づいているのだから、
この先、彼は、私やセンターの他の人たちへの発言に気を付けるようになるだろう。

彼が優秀であることには違いないのだ。
彼の暴言がなくなって、
彼の能力が、センターの業務改善にきちんと向きさえすれば、それでいいのだ。


「でも君はもう俺と一緒には働きたくないだろ?」
最後、そう言うAさんに、
「いえ、これからも一緒に働いていきたいです。すぐに元通りとは
 いかないと思いますが、少しずつ、戻っていければと思っています。
 一緒にセンターの業務を整えることに協力してください。よろしくお願いします」
そう私は返した。


2013年2月下旬。
こうして、やっと心の平穏を取り戻した私は、
穏やかにセンターの業務に向かい始めた。

普通にAさんに話しかけることは、やっぱりなかなかできなかったが、
それでも少しずつ、少しずつ、戻っていければいいな。
そう思っていた。

(つづく)

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