"好き"と"関心"を巡る冒険 第二章 後編 vol.8

(主な登場人物)

  • 私…ハード部署の保守センターの業務を整えようとしている。籍はソフトウェア部署。
  • Yさん…初代センター長。私をセンターに入れた人。
  • H野さん…2代目センター長。私の仕事が理解できない人。
  • K松さん…センターの実務をこなす課長。ただでさえ多忙なのに、仲の悪い上の人達の間に挟まれて、さらに大変な人。
  • Aさん…新しくセンターにやってきた部長。ある日を境に、私に罵声を浴びせるようになる。
  • K部長…ソフトウェア部署側の上司。基本的に年に4回の成果面談でだけ会話する人。

(前回のあらすじ)
ある日の進捗会を境に、私はAさんから罵声と無視を受けるようになる。

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年が明けて2013年になっても、
Aさんの私に対する態度は軟化することはなかった。

やがて私は、月曜の朝に起き上がれなくなった。

朝、ベッドから起き上がれず、
何とか半身を起こして、会社に午前半休の連絡を入れて、
午後から何とか出勤するような状態になった。

2月上旬のある月曜日。
その日は、開発中だったツールのリリース日だった。
リーダーとして、その日だけは、さすがに朝から出勤しなければいけなかった。

だけど起き上がれなかった。

会社に電話して、リリースの準備までを整えてもらえるように
メンバーに依頼して、
午後、体を引きずるようにして出勤した。

さすがにこれはまずい。
自分で何とかできる限界を超えている。

そう思った。

 * * *

課長のK松さんは多忙で、毎回の進捗会には参加していなかったが、
それでも、彼も進捗会で、
私がAさんから、罵声を浴びせ続けられているのは見ていた。

けれど、K松さんは何も言わなかった。

なぜ、何も言ってくれないのだろうか。
と、私は思っていた。

私の発言している内容が何も筋違いではないことを
彼はわかっているはずだった。
だけど彼が私をフォローすることはなかった。
もちろん、Aさんと一緒になって私を責めるようなこともなかったが。


H野さんに振り回されたり、
K松さんを飛び越えて好き勝手な上司を選んで
自分たちの仕事を進めるメンバーたちに振り回されたりしながらも、
私とK松さんは、センターの業務を整えるために一緒にやってきたはずだった。

「社内に分散している保守業務を一カ所に集めることで効率化する」
というセンター設立の骨子は、K松さんが幹部社員の昇格試験で書いたものだった。

その実現に力を尽くすことが私の仕事だった。

なのになぜ彼は何も声をかけてくれないのだろう。


Aさんに追い詰められていく日々の中で、
私が最後、相談できる相手はK松さんだけだった。

だけど、私に何も声を掛けてくれることのない彼に
相談することができずにいた。


真正面からぶつかるのではなく、
人をうまく利用して、当たり障りなくやって、
上司に面倒をかけずに、”うまくやる”人が評価される会社だった。

だけど私は、
K橋さんとうまくいかず、彼をチームから追い出してリーダーになり、
その後、H野さんに振り回されてうまくいかず、
そのストレスをK松さんに何度かぶつけた。
そうしてやっとAさんに入ってもらうことによって問題解決したかと思ったら、
今度はAさんともうまくいかない。

K松さんにAさんのことを相談しても、もう、
なぜ、"うまくやれない"人間なのか、と
うんざりした顔をされるだけなんじゃないか。

そう怯えていた。

だから、ここまで追い詰められても、私はAさんのことを相談できなかった。


だけど。

ツールチームのリーダーとしての責務を果たせない。
そこまで来て、ようやく、私はK松さんに相談する決心をした。

 * * *

「ごめん…そんなことになっていたとは気づかなくて…。
 俺忙しくて、てっきりAさんとSatoさんは、うまくやれているんだと思っていた」
私の話を聞き終えたK松さんは、そう言った。

「進捗会でAさんがいきなり怒鳴りだした時、
 『なんでこの人、怒ってるんだ?』
 と思ったんだけど、俺、上の人から怒鳴られるのに慣れ過ぎてて、
 適当に流しちゃったんだよね」
K松さんらしいといえば、K松さんらしかった。

「Satoさんの話を聞いて、1割だけは…1割だけは、何かの行き違いの可能性も
 あると思うんだけど…」
そう一呼吸置いてから、
「だけど、これはパワハラだね。
 上司が部下と会話をしない、打合せの連絡をしない。これはパワハラだ」
そう、はっきり言った。

パワハラ
その言葉を聞いた時、正直、自分ごととして、ピンと来なかった。
どれだけ追い詰められても、自分が被害者である、という感覚は持たなかったし、
私は自分を弱者にしたくないのだ。

だけど、K松さんが、
私の抱えている辛さをきちんと受け止めてくれたことに安堵した。

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「ちょっとこういうことについて、どうすればいいかわかってないから、
 これから考えるけど…。何とかするから」
K松さんは、そう言ってくれた。

「俺、先に戻っているから、落ち着いてから戻ってくるといいよ」
泣きはらした顔の私にK松さんはそう言って、
会議室を出て行った。

私は久しぶりに、体の緊張がほどけてゆく感覚がした。

(つづく)


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