“好き”と“関心”を巡る冒険 第一章 vol.4

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今回は、後輩のお話。


社会人3年目の当時、私のもとには3人の後輩がいた。
2年目の後輩が1人と、1年目の後輩が2人。

2年目のKくんは、
プロジェクトの初期から、私のもとでメンバーとして働いていた。

ちょうど私が全体設計を担うことになり、
連日、朝から晩まで打合せに出掛けていた頃、
彼には、私のチームが担当する機能のプロトタイプ開発をお願いしていた。
Kくんはとても意欲的で、
私が日中不在が多くて、なかなか会えないからと、
毎日、その日やったことを自主的にメールで報告してくれていた。

朝から晩まで打合せして、
夜に帰社してから議事録を書いて、
打合せのない日は、次の打合せ用の資料作りに追われて…。
社会人になって初めての、そんな充実しながらも目の回る日々を送っていた私は、
彼からの報告メールを読んで、彼が意欲的に取り組んでくれていることを、
ただ嬉しく思って、簡単な返信だけを返していた。


ある時、彼に作ってもらっている機能について、
お客さんと打合せすることになったので、
彼を打合せメンバーに入れた。

お客さんと直接意見を交わして、システム開発の楽しさをもっと知ってほしい。
自分が味わっている楽しさを、彼にも味わってほしい。
そういう気持ちからだった。

けれど、打合せ当日。
彼が説明を終えた後、
お客さんは私と会話を始めてしまった。
私がKくんに話を振ってみても、すぐにお客さんは私に向かって話し始めてしまった。
まるで、最初の打合せの時の私と同じ状況だった。

(楽しさを味わってほしかったのに、逆に悪いことをしてしまったな…)
帰り道、申し訳なさを感じながら、駅までの道を歩いていた。


やがて、彼に作ってもらっているプロトタイプを
お客さんに見せる日が近づいてきた。
私は彼が作っているプログラムのソースコードを、
その時、初めて確認した。
そして。
それが求めているものから、
ほど遠くかけ離れたものであること、
完全に作り直すしかない代物であることに、
この時になって、初めて気がついた。


彼に作り直す必要のあることを伝えて、
求めていることが何なのか説明しようと試みるも、
「わかりません」「できません」
Kくんは、その一点張りだった。
彼は完全にやる気を途絶えさせてしまっていた。

内容的に、若手には簡単とは言えないプログラムだった。
だけど自分だったら、とてもワクワクしながら作るだろう内容であり、
何とかKくんに作り直してもらおうとした。
作り直して、達成感を味わって欲しかった。

だけども、私とKくんは、こじれていく一方だった。

そんな私たちの間に、プロジェクトリーダーの先輩が入って、打合せの場を設けた。
「まぁ、完全に最初から作り直しっていうのは、キツイよなぁ…」
先輩がそう声をかけると、Kくんは大きく頷いた。
「ここまでずっとやってきて、今になって作り直しって言うのは…」
「もう仕方ないよ。Satoさんが作り直しなよ」
先輩がそう言い、Kくんも頷き、結局、私が作り直すことになった。

この時の何が辛かったかというと、
Kくんに心を砕いてきたつもりだったのに、
Kくんの気持ちに寄り添えたのが、一緒にやってきた私ではなく、
その打合せの場で初めて詳細を聞いた、先輩の方だったことだ。


この頃の私は、

自分が当たり前にできることのうちの、
何が他の人には難しくて、
何が他の人にも当たり前のことなのか。

自分が楽しんでできることのうちの、
何が他の人には辛いことで、
何が他の人にも楽しいことなのか。

その違いがよくわからなかった。

「そんなの教えられてないのに、わからないですよ!」
Kくんとは別の後輩に、怒鳴られたこともあった。


「君は『可能ならここまでやってほしい』という
 最高ラインを示すのはとても上手いけど、
 『最低でもここまではやってほしい』の最低ラインを
 示すのが下手なんだよなぁ。
 それを示してくれないと、苦しい人間は苦しいんだよ」
後に、チームリーダーの先輩にそう言われて、
そこを意識するようになるのだけど、それはまだ少し先のことで。

(ちなみに、大雑把な気質の私が、その後、
 ねちっこいチームリーダから、
 ねちっこくレビューするスキルを吸収することにしたのも、
 この時の猛省からだ)


その後、別の作業をお願いするも、
Kくんのモチベーションが戻ることはなかった。

何をやるにも投げやりになってしまったKくんに、
申し訳なさと、
「でも、そろそろ気持ちを切り替えてくれてもいいんじゃない?」
という若干のイラつきと。

ある日、部長から進捗状況などを聞かれている時に、
Kくんのモチベーションが戻らないことに悩んでいることを伝えた。
それを聞いた部長は、
「わかった、じゃあ、彼のことは俺が面倒を見るから」
そう言って、それから毎日夕方に部長がKくんの進捗確認を始めた。

しかし、Kくんのモチベーションは変わらず低空飛行のまま。
(まぁ、部長が進捗確認したくらいで、モチベーションは戻らないよね)
くらいに思って、毎夕、打合せスペースで話す2人を、
さして気に留めずにいた。

しかし、ある日、別の部署にいる仲の良い同期から声を掛けられた。
「Kくん、大丈夫?
 この間、私たちの飲み会に来たんだけど、
 毎日部長から説教されているって言ってたよ。
 Satoちゃんを見習え、って、そうひたすら説教されているって」

私は言葉を失った。

そして、Kくんはモチベーションを戻すことなく、やがて部署を異動した。

 * * *

「俺は、君の活躍している姿を見せて、君を目指させることが、
 若手の成長のために良いと思っているんだ」
部長に何度かそう言われたことがあった。

だけど、私はそれが嫌だった。

だって私が今、お客さんとやり取りできているのは、
プログラミングスキルがあるからで、
そのスキルは、この会社で培ったものではなく、
たまたま趣味で元から身につけていたものだったから。

私がシステムエンジニアの仕事を選んだのは、
趣味のプログラミングの延長ではなく、
大学時代のファミレスのバイトで、
チームで働くことと、人を育てることの、
楽しさと奥深さを知ったからだ。

元ホテルマンの男性が、
モチベーションのない男の子の長所を見つけて伸ばして
育て上げたのを見たときの驚き。
そこから興味関心を抱いて、チームワークの本やら、
人材育成の本やらを読み漁り、
その流れで、私は今ここにいるんだ。

そう考えていた。

だけど。

前回話した、反りの合わない先輩が
チームリーダーになったのは、この頃だ。
「君が勝手に意見を言うから、こっちの仕事が増える一方なんだろうが」
そう言う先輩の元で萎縮していき、
苦しさを感じながらも、
仕事の中に見出した”好き”を手放すまい、と
もがきながら。

もがきながら、同時に、
「私が全力で走ることが、他の人たちを、
 引きずってしまっているのではないか?」
そんな想いが芽生えていた。

私が見つけた”好き”と、
私が抱いている”関心”の実現は、
もしかして、この場所で、両立することはできないのでは?

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そんな想いを抱えたまま、プロジェクトは佳境に入っていく。

(つづく)


** Kくんとの後日談 **

私はその後ずっと、
(もしもKくんが会社を辞めることになったら、私のせいだ…)
と思い続けていた。
社内でKくんを見かけても、罪悪感と、気まずさと、
嫌われているかもしれない、という怖れから、
声をかけることができなかった。

私が勇気を出してKくんに声をかけることができたのは、
実に6年も経ってからのことだった。

その頃企画していた社内イベントへのお誘いでの声掛けだったのだけど、
いつのまにやら結婚して、少し大人びた雰囲気を帯びたKくんは、
私が声をかけると、笑顔を返してくれた。
その屈託のない笑顔に、気にし続けていたのが私だけだったのだと悟り、
(6年も勝手に避け続けていて、ごめんね)
と、心の中で、彼にそっと謝った。


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