御馳走帖

そんなわけで、最近ひさしぶりに本を色々読み出していて、
そのうちの一冊、「御馳走帖」。

御馳走帖 (中公文庫)

御馳走帖 (中公文庫)


横浜の図書館に足を運んだとき、その場で検索端末で検索して、
書架に置いてあったのを借りてきた一冊。


なんで180冊の読みたい本リストの中から、この本を選んで検索したかというと、
刊行が昭和21年という代物なので、たぶんきっとお堅い本で読むのが面倒そうで、
きっと、速攻で読みたい本リストから除外できるだろう、
と思ったから、という極めて失礼な理由だったりする。


だけど、図書館でパラッと最初の数ページをめくってみると、
医者に牛肉を止められている著者が、宴会で牛肉を食べようとしているところを
同じ医者にかかっている生徒に見咎められて、
「今度、小林先生(医者)に会ったときに言いつけますよ。今度行くのいつだったっけなぁ・・・」
なんて言われ、こんにゃろう、と苦々しく思いつつも、
生徒の顔を盗み見ながら、そうっと牛肉を口に運ぶ。。。
なんていう話から始まっていて。


70年も前に書かれたものとは思えないような軽快なタッチで、
まざまざとその時の様子が目に浮かんで、クスリと笑ってしまって、
読みたい本リストから、さくっと削除するはずが、
そのまま借りてきて、そのまま読破してしまいました。


エッセイは戦前から始まって、戦中、戦後へと続いていく。
約100年前の日本の風景が見えておもしろい。
西洋の食べ物が徐々に入ってくる様子も興味深い。
「三鞭酒」というものが出てきて、紹興酒か何かの仲間かな、と思ったら、
シャンパンのことだったり。


著者はそれなりに裕福な時代もあれば、
超極貧の時代もあるのだけど、
いずれの時代も酒好きで、もてなし好き。


自分の仕事がはかどらないのは、いつも来客があって飲んじゃうせいに違いない、
と考え、玄関に「忙しいから誰とも会わない」という張り紙を貼ってみたりするけど、
玄関入った中に貼ってあるので、結局お客は来ちゃって、
お客の方は張り紙を見て気が引けているのだけど、
せっかく来たんだから飲んでけ飲んでけ、と結局飲んでしまう。


戦後、三畳一間で暮らしている時分に、
新年の宴を自宅でやったら、一晩でせいぜい三人で飲むのがやっとだから、
そうすると10日間ずっと宴会通しになって、それはさすがに体が保たないから、
という理由で、なんとホテルのレストランでの宴会を自費企画。お金ないのに。
先にレストランの予約をしてから、お金の工面に奔走して、
やっとこ印税を前払いしてもらえる目処をつけて。
お金ないので、レストランのメニューは最安プラン。
せめてメニューの紙でも置けばちょっと雰囲気出るんじゃないかとホテルに掛け合ったら、
「それは無駄だからやめなさい。その分のお金でもう1ランク上の料理にしなさい」
とホテルに諭されたり。


著者の友人たちも面白い人たちが集まっていたようで、
著者からの
「うちに来られると、毎晩宴会になっちゃって私がへとへとになるし、
 我が家の畳もすりきれちゃうから、今年はまとめて一晩で宴会するよ。返事早くちょうだいね」
という招待状に、
食いっぱぐれてなるものか、と
速攻で速達で返事をよこす人やら、
口頭で返事しているにも関わらず、証拠のための書面を念押しで送りつけてくる人やら。
「当夜は参上いたしますけれど、お玄関のたたきは擦り切れないと思いますゆえ、別にお年賀にも伺います」
という悪質な返事もあったり。
そうして総勢25名の宴会が催されたようで。


絶対、家族は大変だったろうなぁ、と思うのだけど、
なんか、憎めない可愛らしい御仁。


医者から牛肉を禁じられても、牛っていうのは冬の間は藁しか食べないんだから、
藁を牛の体内に入れて蒸すと牛肉になるんだ、と言い張って、
でもお医者さんの言いつけを真っ向から破るのは気が引けるからと、
「我が家では、すき焼きのことを藁鍋と呼ぶことにする」
てことにして、食べてしまったり。
鹿肉をもらえば、
「言葉の姿をととのへるには馬を添えた方がいい」
と寒空の中、馬肉を買いに走ったり。


著者が自身の本をいつも贈っていた貿易商の旧友からは、
「あなたがくれる本は読めるけれど、いくら読んでも実益がない」
と言われていたらしく、まぁ本当にその通りのまったく実益のない、
しょうのない殿方のエッセイなのだけど、なかなか楽しく読まさせてもらいました。