家探し編4 譲れるもの、譲れないもの

そうしてやってきた3軒目、本命物件。


築22年のリノベーション物件。8階建ての5階。


最初、suumoで間取り図を見たときには、
部屋の形が斜めなことや、廊下が長いこととかが、
ちょっとイマイチかな〜
と思っていたのだけど、
他の不動産屋さんが掲載していた室内の写真を見たら、
なんか開放的で良い感じに思えてきて。
写真から見る限り、見晴らし良さげ。
念のため、GoogleMapで場所を確認すると、角地で周りは基本戸建て住宅。
いいかも、いいかも♪
となっていった。


そして、現地。


部屋の中に入った瞬間に、
良い!
と思った。


角地の角部屋。
窓がいっぱいで、どの窓からの眺めも良くて。
実際、どうなのかな〜、と心配していた斜めった形も、
特に気になることなく。むしろ、部屋を広く感じさせて。
間取り図では長く感じた廊下もそんなに長く感じず。
リビングと続きの2部屋が廊下を介さず直接つながっていて、
1部屋は完全に仕舞い込める引き戸なので、開けておけば広々リビングとして使える。
こざっぱりした感じに仕上げられたリノベーションも好みで。


明るさ、眺望、開放感。
どれもが◎。


ここだな、と思った。


「私は1軒目の物件の方が良かったと思いますけどね〜」
帰りの車の中でIさんが言う。
「マンションの管理もしっかりしてそうだし、間取りも使いやすい形でしたし。
 広さも3軒目だと、登記上では50平米を下回ると思いますので、
 住宅ローン控除対象にならないですよ」
登記上の広さと広告上の広さが違うことは、この時、知った。
う〜ん、そうか……住宅ローン控除にならないのか……
う〜ん、でも、それでも、3軒目が断然良いな。
間取りとかも、工夫のしがいがあって、楽しそうだしな。


1軒目も、眺望以外は悪くないけど、やっぱり私は3軒目がいいです。
そう言うと、
「私なんかは、日中は家にいないから窓からの眺めなんて、特に気にしないんですけどねぇ。
 まぁ、わかりました、じゃあ、その方向で話を進めていきます」
とIさんは言った。


翌日。 3連休の中日。
「明日、印鑑と、あったら源泉徴収票のコピーを持って店舗に来てください」
と、Iさんから連絡が来た。
おぉ、いよいよか。
どきどき、わくわくしながら、
気持ちは完全に、物件探しから、あの部屋に住んだあとのことに想像が膨らんでいく。
「クローゼット大きかったから、本は、キャスター付きのラックに並べて、
 クローゼットの中にしまうことにしよう。
 ラックはどれがいいかな〜。お、アイリスオーヤマのラックとか良さそうだな」
ネットで検索するのも、物件ではなく、家具へとなっていった。


そうして、 3連休の最終日の午前中、
ルンタタした気分でIさんの待つ不動産屋に向かう。


が。
そんな私にIさんが見せたのは、
3軒目の物件が、数年前の大規模修繕時に銀行から大金を借り入れていて、
現在もかなりの借金を抱えた状態にあることを示す重要調査報告書だった。


「トラブル防ぐためにも、こういう情報はきちんとお伝えしておかないといけないので。
 で、こちらが1軒目の方の資料になりますが、こちらはきちんと修繕費積み立ってますね」
そう言って、Iさんが1軒目の重要調査報告書を示す。


言うなれば、1軒目は健全経営の会社、3軒目は不良債権まみれの会社。
そんな感じだった。


会社の先輩にも、修繕費がちゃんと積み立っているかは、確認しておいた方がいい、
とは聞いていたけど、物件によって、ここまでの開きがあるとは正直思ってなかった。


「どうします?」
Iさんが尋ねる。
どうしますって……これ見せられたら、そりゃ……
「これは、まぁ、ないんだろうなぁと思いますけど……」
楽しかった気分が、しゅーんと萎んでいく。
そんな私に、
「それで、1軒目の物件なんですけどね、調べたところ、
 目の前の一軒家が建て直されたとしてもあれ以上の高さになることはないですよ。
 それでローンを組んだ場合ですけど、たとえば○○銀行で試算してみたんですけど、
 こういう返済計画になりまして……」
そうIさんが話を進めていく。


「いや、でも、私、あれはやっぱりどうしても窓からの眺めが……」
そう言う私に、Iさんは、1軒目の物件がどれだけ良いか説明してくる。
「この通り、修繕積立金もきちんと積み立ってますし、住戸数もそれなりにあるので、
 月々の管理費や 修繕積立金もそんなに高くないですし。
 バイク置き場も屋内で空きがありますし……
 バイク置き場に空きがある物件ってなかなかないんですよ。
 空いてても、入居時点で埋まっているケースも多いですし。
 あそこなら、大丈夫そうですし」


う〜ん。。。でも。。。


この二晩の間に、私もこの1軒目の物件について、少しは考えていた。
窓からの眺め以外、確かに申し分ないよな、と。


窓からの眺め。
それは、私にとって、譲れるところなんだろうか?
考えた。そして、
朝起きて、窓の外を見た瞬間、
若干ブルーな気分になる自分の姿が浮かんだ。
夜寝るときに、星や月を見上げようとして、
空が建物の陰に塞がれているのに溜息をつく自分の姿が浮かんだ。
いつのまにか、窓の外を見ないように暮らす自分の姿が浮かんだ。



やっぱり、ないよな。
うん。ここは、譲れないところだ。


そう結論していた。


けれど、渋る私に、Iさんは住居区分記載の地図やら 分譲時の価格表やらを持ってきて、
「価格的にもお買い得ですし、間取りも使いやすい形ですし、
 この地域は、この先もそんなに値が下がることもないと思いますよ」
そう説得してくる。
いや……あのさ……、
私は、自分が暮らすためにマンションを買うのであって、
売るためにマンションを買うわけじゃない んだ。
毎朝、窓の外を見るたびにブルーになる日々を、
高いお金を出して買う理由がどこにあるんだろう?


二人の間に沈黙が流れる。


しばらくの沈黙の後、
「あの……、何か他の物件、ありませんか?」
そう聞いてみた。


実は、Iさんに対して、ずっともやっとしていたことがあった。


いつも、私が気になった物件を伝えるばかりで、
Iさんからは1つも「これどうですか?」と物件を提示してきてくれることがなかった。


せっかくの物件探し。
色々提示してもらって、
「これは、○○ですけど、でも△ △なところは良いと思いますよ」
みたいにアドバイスしてもらって、探したかった。
それがIさんには、なかった。


中古物件を売買する際には、仲介手数料というものが必要になることを
この2日くらい前にネットで調べてて知ったのだけど、
(以前、購入を考えて色々調べたのが新築マンションだったから、知らなかった……)
物件価格の3%プラス6万円が相場。
つまり、たとえば2000万円の物件だったら66万円。
それ知った時、
「え?Iさん、66万円分の仕事してる??」
と思った。
「手数料っていうけど、物件探してるの私じゃん!
 Iさん、それ聞いて、内覧の手配してるだけじゃん!!」
もちろん、この後、購入することになったら、諸々の手続きがあって、
それにかかる人件費というのがあるだろう。
他にも、たとえばこの重要調査報告書を作成するのに、Iさん以外の人の手間賃がかかっているだろう。
他にも、成約に至らなかったケースに割いている時間分の人件費だって、
こういうところに盛られるだろう。
それは、わかる。わかっている。
だけど、それを踏まえて考えても、どうにもIさんの仕事に66万円の対価があるように思えなかった。


ただ、
「この人は、自分で調べて気に入るものを見つけてきたい人なのかな?
 じゃあ、あんまり自分が押しつけがましく別の物件を勧めたりしない方がいいかな」
と思ってるだけかもしれないし、
現に自分で自分の気に入ったものを見つけてきてるし、
それはそれでいいのかな?
そう思ってきた。


だけど、煮詰まった今、
「う〜ん、じゃあこういう物件とかはどうですか?」
そう持ってきてほしかった。
だけど、2人の間に沈黙が流れるばかりで、Iさんは一向に求めるその言葉を発してくれる気配はなく、
まぁ、鈍い人なのかもしれないし……、
そう思って、とうとう仕方なく、私から聞いてみた。
「何か他の物件、ありませんか?」


けれど、やっとこ言ってみた私の一言に、
Iさんは、こう答えた。


「だって、あなた、ネットでもう色々見ているんでしょう?それで他にないなら、ないですよ」


振り返ると、すごい一言だなぁと思うけど、
本当の本当に、 Iさん、こう言った ( ̄▽ ̄;
Iさん……アナタノシゴトハナンデスカ?


「いや……でもそれでも、とりあえず、何か持ってきてくれませんか?」
そう言う私に、
Iさん、渋々な感じで席を立って、しばらくして、
「時間なかったので、これだけですけど……」
と言って、3軒の物件情報の紙を持ってきた。


(あぁ、やっぱり、今の今まで、一度も探していなかったんだなぁ……)
そう思いながらも、持ってきてもらった資料を見ると、
1軒目、バス物件。
2軒目、バス物件。
3軒目、事故物件。 (「告知事項あり」て書かれたのは事故物件だと、初めて知りました)


・・・・・。


「バス物件なら、比較的、バイク置き場も確保しやすいですよ」
いや、でも、私、 通勤にバイクは使わないし、
一人暮らしで、終電帰りになることもあるし、
大学1年のバス通学で、日常の交通手段として自分的にはバスは嫌だなぁと思ってるし、
バス圏内はやっぱりないよな……。


沈黙しかない私に、ふぅと溜息をついて
「ご夫婦で来られて、ご主人が車やバイクを手放せないと言って物件が見つからなくて、
 奥さんは手放しなさいよ、て言って喧嘩になるケースもよくあるんですよ。
 それで結局、手放されたりしてますよ」
と Iさんが 言う。


あの……私には、バイクを手放せ、と迫る奥さんはおりません。
それに、
ミニバイクが13年乗ってきた愛車で手放せないものだ、
って、年末に一番最初の物件を見に行ったときに言ってるよね?


「愛車のモンキーを手放す」
その選択肢だけは、本当の本当に、ない。


テーブルの上に並んだ、ちらとも心惹かれない物件資料たちを眺めながら、
考える。


私の要望は、そんなに無茶なものなんだろうか?
アパートの更新までまだあと半年あって、時間はまだまだあるのに、
いくら待っても、私の望みに合致する物件なんて出てきませんよ、
ていうくらいに、無茶な要望を自分は出しているんだろうか?


ぐるぐる、ぐるぐる思うけれど、
何の答えも出ず。


シビレを切らしたIさんが、
「今日はこのままここで考えていても答えは出ないと思うので、
 家で考えてきてください」
そう言った。


まぁ、そうだよな……と思いながら、
一応、出てきた資料を全部もらって、
力の抜けた感じに店を出る。


ありがとうございました、
店の前で、型どおりの見送りをするIさんに、
「またご連絡します」
言う側が逆だよな、と思いつつも、そう言った。
それに対して、Iさんは何も答えなかった。
今日、契約手続きに入れると思ってたのに、その通りにいかなくて、
不機嫌になっている感じだった。


なんか、立場逆だよな……。
そう思いつつ、自転車こぎこぎしながら店を後にした。
それは、 1月の連休最終日、太陽が南天する頃のこと。


(つづく)