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ベンジャミン・バトン

上映終了間近の本日、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』を観て来ました。


映画の封切り前から、
『80歳で生まれて若返っていく男の物語』
という、意味不明な宣伝文句に
「なんじゃそりゃ?(@o@;」
と思い、
「なんかブラピが、
 『誰でもどこかしらで、一度は経験したことのあるシーンに出会うはず』
 とか言ってたよー」
という友人の言葉に、
「んな馬鹿な。誰も若返っていく人生なんて経験しないしヾ(´∀`*)」
と爆笑し、
「ブラピがそこまで言うなら、いったいどんなもんか、観てやろうじゃないか」
と、結構前から気になっている映画でした。


んが。
なんか、ここんとこ忙しく、観れずにそうこうしているうちに、
映画館での上映が終了していく。。。(T_T)


うー、残念だけど、観れずに終わるのかぁ、
と諦めていたのだけど、先週末会った友人から
「面白かったよー。おすすめー」
と言われ、
そう言われたら一念発起するしかなく、
本日、仕事をそこそこに切り上げ、
上映終了前日のレイトショーに駆け込んだ次第です。


・・・しかし、
「ブラピ観てきます/(−−)」
と言って、まだガリガリ働いている後輩を置き去りに、
いそいそと駆け去っていくリーダーっていうのは、
果たしてどーなんだろーか。



まぁ、いっか/(´▽`*)(ぉぃ)


で、観終わって。


年を取っていくのも、若返っていくのも、
同じことなんだなぁ〜(−.−


というのが、すぐ思ったこと。


なんていうか、よく、人生を山に例えたりするけれど、
つまりは、山をどっち側から登るかが違うだけで、
麓から登り始めて、
頂上があって、
下り坂があって、
そうして最後にたどり着く、
ということに関しては、結局同じなんだなぁ、と。


ただ、他の人はみんな同じ側から登り始めて下っていくのに対して、
主人公のベンジャミンだけ、反対側から登り始めて下っていくという点で、
「数奇な人生」であったということで。


どっちの人生も、
登っている間は無我夢中で、
だけどいつしか下り坂に入っていて、
いつしか道を進んでいくことに怯えるようになる。


結局は同じことなんだなぁ、と。


・・・。


ちなみに、
ブラピの言っていた
『誰でもどこかしらで、一度は経験したことのあるシーン』は、
なんか、負けを認めるようで、ちょっと悔しいけど(ーー;
一個ありました。
結構最初の方のシーンでした、私は。


これって結局どういうことなんだろーなぁ、
と帰り道考えてみて思い至ったのは、


精神の年齢と肉体の年齢は一致してなくて、
でも、周囲の人間や、肉体そのものは、
自分を精神年齢のままには扱ってくれなくて、
それを思い知らされる瞬間


ということなのかな、と。
誰でも一度は経験したことある、というのは。


だけど、
そういう色々な制限は確かにあって、
受け容れなければいけない現実だけど、
それでも、
心の持ち様ひとつで、やれることも確かにあるのだと、
そういうことを伝えたい映画だったのかな、
と、私なりの感想です。


・・・う゛。
きれいに感想まとまったところで、
時計を見たら、AM1:30(汗)
よ、良い子は寝ないとね(^−^;