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最終回前夜までを見終わって

本日、風邪で会社をお休みし、
15時半までひたすら眠り続けていたのだけど、
そこから先、どうにもぱっちり目が覚めてしまったので、
ひたすら篤姫を見てました。(^−^;


45話(『母からの文』)を見終えたあたりで思ったのは、
やっぱり、細い道を選ぶべきなんだなぁ、ということ。


いえね、聖書に
「狭き道を選びなさい。天国への道は狭き門から続いている」
というような一節があるんです。
関係ないけど、私は、中学から大学までプロテスタントの学校に通ってて
んでもって、私の中高の友人には、夢を追いかけて、
日本の社会全体から見て少数派な人生を送っている友人が結構います。
そんな教え子たちの姿に、恩師たちはため息をついたりもしているのだけど、
私は内心、
それもこれも、学生時代に「狭き門をくぐれ」という言葉を
礼拝のたびに刷り込まれた結果じゃなかろーか、
なんて思ったりしてます。


・・・いや、まぁ、それはどうでもよくて。
篤姫のお話です。


武力討伐というのは、討幕のための安易な方法だけど、
そこには大義名分を無理やりねじ込ませるという、
まっすぐじゃない部分がある。


まっすぐでない細い道を選ぶ必要はないけど、
まっすぐな道が細い道であるなら、
やっぱりそれを選ぶべきなんだよなぁ、と
思ったわけです。


45話を見終わったあたりでね。


その後、一気に49話まで見ました。
で、思ったこと。


やっぱり、細い道を選んで頑張りつづける篤姫の人生は、
割りに合わないよなぁ〜〜(−_−;


頑張ったら頑張った分、報われるのではなく、
頑張れば頑張るほど、重しが増えるだけ。


最近、仕事していて、ときどき
そう思うことがあったのだけど、
篤姫を見ていて確信しました。


「『頑張ったら頑張っただけ報われる』なんて言葉は嘘だっ(>O<)」


こんな言葉は、誰かに頑張ってもらいたいと思っている人間の
策略から出たに違いない(-""-;)


だって、どう考えたって、篤姫の百分の一も頑張らずに、
篤姫の百倍、穏やかに程よく幸せな人生を送っている人間は
いくらでもいるはずだよ?


だから、穏やかに程よく幸せな人生を送りたいと
思っている人は、絶対に「頑張って」はいけない。
「きっといつか報われるから」
なんて思って、頑張ってはいけないのです。


まぁ篤姫は、報われたくて頑張っているわけではないから
いいのだと思うけどね。。。


篤姫は、ただ、まっすぐな自分で在りたいのだろうな、と。


まっすぐな自分であることで、
斉彬とか家定とか、他の色々な人と出会って、
かけがえのない想い出を築けたから、
だから、
自分自身とか、世界とか、大切な想い出たちに対して
まっすぐに立っていられる自分で在りたいのだろうな、と。


て、半分、自分の近況に重ね合わせつつ、
篤姫を長々見ていた本日この頃でした。
・・・いや、私の状況なんて、篤姫の千分の一も大変じゃないけどね。


まぁ、でも、それでもやっぱり、
頑張り続ける限りは、平安はやって来ないのは確かだろうなぁ・・・
篤姫を見ながら、しみじみ思う今日この頃です。