ゴマ栽培記(前編)

それは去年のGWを過ぎた5月の終わり頃。


流しで朝ご飯の茶碗を片づけている時だったかに、
排水溝のふたところから、ピンっとカイワレ大根のようなものが
顔を出しているのに気づいた。
そのときは、流した野菜の残りかすだろうと思って、
特に気にもとめず、普通にじゃーっと水を流した。
そいつは水圧に負けて、顔を引っ込めた。


けれど、会社からの帰宅後だったか、翌朝だったかに、
再び、そいつがぴょこんと排水溝のふたから顔を出していた。
そしてよく見ると、それは1つではなく、2つ・・・いや、3ついるように見えた。
そして、私は気づいた。
ここ最近、カイワレ大根とかスプラウトの類はいっさい食べてないはずだぞ、と。


その頃の私は仕事が忙しく、週末も何か用事があって、
朝ご飯を除いて自炊をしたのは、一週間前の土曜の夜だけだった。
だから、いつもは週末には交換する排水溝ネットも
まったくもってキレイな状態だったので、交換することなく2週間たっていた。


おそるおそる私は排水溝の蓋を開けた。
キレイなネットだった。
4つのスプラウトがネットに絡まりついていることを除いては。


ふむ、と私は考えた。
5月という暖かな気候。
加えて、十分な水分を得られる上に水はけもよい排水溝という環境。
植物が発芽するには、今の季節の排水溝ネットというのは、
なかなかに良い環境なのかもしれない。


最初は、何か気持ち悪いと感じて、生ゴミとして捨てようと思ったけれど、
なんかここまで逞しく発芽してきたこの芽たちを、
あっさりと捨ててしまうのも悪いような気がして、
とりあえず、納豆の空きパックに脱脂綿を敷いて、
そこにこの4つの芽を移して、少し生長を見守ることにしてみた。


問題は、この芽たちはいったい何の芽なのか、
ということだった。


この2週間の自分の献立を思い出す。
朝は十何年来変わることのない、納豆たまごかけご飯+わかめの味噌汁。
そして唯一の自炊をした一週間前の土曜の夜は、何だったろうか・・・
そうだ、たしかカボチャを蒸して食べた。
そうすると、これはカボチャの芽か・・・?
しかしカボチャの種から発芽したと考えるには、芽の双葉はあまりに小さく、
カボチャの種の残骸のようなものも排水溝ネットの上には見あたらなかった。


芽の正体がわからないので、
太陽を好むのか、好まないのか、
風通しの良いところがいいのか、そうでないところがいいのか、
水は多い方がいいのか、少なめがいいのか、
まったくわからなかった。


排水溝で発芽したのだから、水は多めがいいのだろうか、と思い、
水を多めに脱脂綿に含ませてみたら、芽のうちの1つがしおれてしまった。


やはり植物なのだから、家の中よりも家の外の方がいいだろうか、
と思い、天気の良い日にベランダに置いてみたら、
風通しのよい我が家のベランダで、脱脂綿芽はカピカピに乾き、芽はしなだれ、
ここで1つの芽が脱落してしまった。


とりあえず、家の中でほどほどの水を脱脂綿に含ませた状態で
残った2つの芽を育ててみたところ、2つとも元気に生長していった。
正体不明な芽だったが、ちょっと愛着も湧いてきて、
ホームセンターで小さな鉢と土と肥料を買ってきて植え替えた。
しかし、せっかく植え替えたというのに、1つはそこで枯れてしまった。


そうして息をつめながら、残る最後の1芽の生長を私は見守った。
その1芽は、ゆっくりと生長していき、やがて本葉をつけた。


この頃には、私はこの芽の正体について、1つの推測を抱いていた。
おそらくこれは、ゴマではなかろうか、と。


仕事に忙しくて自炊がほとんどできずに、排水溝のネットを2週間替えずに過ごす、
というようなことは、
一人暮らしを始めてからの十数年のうちに、それなりに何度もあった。
しかし、排水溝ネットから芽が生えてくるなどということは、
まったくもって初めてのことだった。
とすると、あの5月の上旬。今までと何か違うことがあったはずだ。
そうして、私は1つの推論へとたどり着く。


そうだ、キムチだ。


あの5月の上旬、私は毎朝の納豆たまごかけご飯に、キムチを混ぜて食べていた。
十数年飽きずに食べ続けている納豆たまごかけご飯だが、
なぜ飽きずに食べ続けられるかと言えば、もちろん小腹が空いたときに
おやつとして食べるくらいに納豆が好きだから、というのもあるけれど、
一緒にまぜ合わせるものをちょくちょく変えて、
ちょっとしたバリエーションを付けているから、
というのもある。
スプラウトだったり、ひじきのふりかけだったり、わかめのふりかけだったり。
混ぜ合わせるものをちょっと変えるだけで、
いつもの変わらない納豆たまごご飯が、ちょっと違ったものになる。
あとは小粒にしたり、中粒にしたり、ひきわりにしてみたりと、
納豆の種類を変えてみるだけでも気分は結構変わるのでオススメ。


話はそれたけど、そんなわけで、とにかく、
私の5月の上旬の納豆たまごかけご飯の混ぜ合わせ対象はキムチで、
そのキムチは初めての店で買うものだった。
「本場韓国のキムチ!」みたいな売り文句で売られていて、確かにおいしくて、
そしてそのキムチはよくある白菜のキムチだったけど、中にゴマが入っていた。


あの5月の上旬に我が家の排水溝に流れ着く可能性があり、
かつ、小さなスプラウトの芽と対応するようなそんなに大きくない種子。
その条件に合致するのは、おそらく、あのゴマだろう。
さすが、本場韓国のキムチのゴマ。たくましさが半端ない。


なので、本葉が出てくると、私はネットでゴマの生育写真を探し、
その葉と、目の前の葉を見比べた。
が、なんかちょっと違う。
しかし、ゴマにも色々な種類があるはずだと思い、
色々なゴマの写真を探してみて葉を見比べっこした。
そのうちに私の目の前の葉と似たような形をしているゴマの写真を1つ見つけた。
おぉ、やはり、ゴマだったか。
自分の推論の当たったことと、
これでようやく目の前のこれからさらなる生長をしていく植物の
生育方法を調べられることに、私はにんまりした。


それが去年の6月の終わり頃、夏の盛りへと向かっていく頃のことだった。

(予想外に長くなっちゃったので、後編へつづく)


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(9月上旬の様子)